第七話 昼三の寝所
入室して来た彼等はサリオンから、媚薬の脂のシミがついた布を受け取り、
粛々とするべき仕事を遂行する。
丸い天板の三脚テーブルを長椅子の近くに運び入れ、ワインの瓶を数種類、
銀の酒杯や果物が盛られた器を並べる。
長椅子にいくつも置かれたクッションも、
普段使いの麻の物から肌触りの良い絹の物へと替えられる。
長椅子の手前に常置された脚の低いテーブルには、
ガラスの花瓶と大振りの生花を飾り、レナに許可を得てから寝所へ移動する。
手早く支度を続ける二人の下男を棒杭のように突っ立って、
見ていただけのサリオンは、躊躇なく寝所に入った二人に息を呑む。
体が委縮し、瞠目した。
アルベルトが今まで寝所に入ったことは一度だけ。
けれども直後にダビデ提督が、娼館に来訪しているα達を呼びつけて、
饗宴の余興のひとつとして、奴隷の廻しを輪姦しようとした時だ。
レナの寝所に向かったはずのアルベルトが、レナの寝所を飛び出した。
一人の男としてではなく、ダビデの暴挙を『皇帝』として諌めるために、だ。
それ以前もそのあとも、アルベルトは宴席の間からレナを連れ立ち、
部屋まで来ても、主室の肘掛け椅子に腰をかけ、読書にふけるか、もしくは一人で長椅子に横たわり、仮眠を取るなどして帰る。
レナが肘掛け椅子の背後からアルベルトの首に腕を巻きつけ、
頬を擦り寄せ、ねだっても、幼い子供をいなすように苦笑だけしてやんわりと、
レナの腕を外させた。
その反面、公娼で働く奴隷のΩに皇帝が熱をあげていることは、
周知の事実だったにしろ、
あくまで二人は同衾している
たとえ宴席を張ってもらっても、床入りを客に拒まれたことが発覚したら、
レナが『フられた』形になる。
レナに恥をかかせる事態は本意ではないとアルベルトは言い、
退館前には内風呂を使うなどして、情交があったように見せかけてくれていた。
アルベルトと共に居室に入る護衛兵にも
アルベルトとの『行為』の有無を
側付きでもあるサリオン自身が片付けた。
娼館の者だけでなく、庶民も貴族も王族も「それとこれとは別」として、
皇帝は夜毎レナを組み敷いて、世継ぎ作りに励んでいると、
結論づけていたはずだ。
けれどもそんな工作を、いつまでも続けることが許されるはずもなかった男。
サリオンは、皇帝を迎えるための準備を始める下男に萎縮し、怯えていた。
たとえアルベルトが寝所に足を踏み入れなくても、これまで体裁だけは整えた。
けれども今夜は違うのだ。
「サリオン」
と、レナに呼ばれてサリオンは、飛びのくように驚いた。
鞭か何かで背中を打たれたかのように。
「初めて陛下をお迎えするのに
言いつけたレナは鏡を手にして目の際に、炭で細い線を引く。
サリオンは耳を疑い、思わず口を開きかけたが、
もう既に化粧の続きに専念していた。
皇帝が昼三Ωと初めてまぐわう寝所として、抜かりがないかを見ろと言う。
どこまでも追い打ちをかけられて、
幽鬼のようにサリオンは、ふらりと足を踏み出した。
足元が急におぼつかなくなり、
寝所に辿りつくまでに異様に時間がかかった気がした。
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