第六話 搾取する者

レナは周囲を巧みに操って、望みを叶える。手に入れる。

自分で一切動かなくても、そうなるように仕向けるのだ。

これが他の追随を許さない昼三Ωの魔力なのかと思い知らされ、

固く拳を握り込む。


これまで一度もつがいを得られず、初めて恋した相手には袖にされ、

侵略国のαの子を産む道具としてだけその身を使われる。

十二の頃から犯され続ける毎日に、

心も体も慣れ切ってしまったと言わんばかりの顔つきで、

虚空を見つめるレナの横顔。伏せられた長い睫毛を濡らした涙。

失意に震える唇が、苦しく切なく痛ましかった。


美しければ美しいほど哀れに見えた横顔は、

計算づくで造られた仮面のひとつだったのか。

サリオンの中で何かが砕け散り、鋭い破片が突き刺さる。

心を貫き、喉を引き裂き、絶句した。

 

それでいて、振り子時計の針を気にする廻しの自分が顔を出す。

こんな時でも責務を放棄できない気弱な自分が嫌になる。

レナは流行歌を口ずさみ、純白の貫頭衣を身にまとう。


「腰紐は? 宝石は? 自分で選びたいんだろう?」

 

襟ぐりが深く開いた貫頭衣は、僅かに前に屈んだだけで薄紅色の乳首が見える。

金糸銀糸の刺繍糸で描かれた、襟元の百花繚乱の花々に、

縫いつけられた真紅や碧や紫の宝石が、窓から射し込む光の加減で煌めいた。


そしてレナは同布の細い腰紐を巻いた後、

裾丈が短くなるよう調整した。

腰紐は予想に反して簡素だったが、金と銀の鎖状の首飾りを幾重にも吊るし、

真紅の涙型の耳飾りを付け終えたレナが、不意に肩越しに振り向いた。


「サンダルも持って来て。トングにダイヤとルビーが付いたあのサンダル」

 

命じられたサリオンは、下足箱からそのサンダルを取り出すと、

長椅子に座る昼三男娼の足元に黙々と置いてやる。

今の自分は使い走りの雑務をこなす人形だ。

レナはサンダルを履き変えて立ち上がり、

棒立ちになった廻しの奴隷の傍らを行き過ぎる。

等身大の鏡に映した自分に自分で目を細め、満足そうにでている。


ひとしきり眺めた後で、

レナは化粧道具を収めた箱を鏡の近くに設えられた腰高のテーブルに乗せた。

自分も猫脚の肘掛け椅子に腰をかけ、鏡を見ながら勝手に化粧を始めている。

サリオンは長椅子に広げたクリーム避けの布を剥いで回収する。

今どんな顔をしているのかを、レナには見せない。見せたくない。


するとドアがノックされ、下男が二人入って来た。

皇帝を迎える主室と寝所を整えるための入室だ。

サリオンの鼓動がドキンと拍動した。

アルベルトをこの部屋に迎え入れる現実が、残酷なまでに迫り来る。

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