第二十四話 心まで
サリオンが
ワインと一緒に持って来た。
「……ありがとうございます」
大理石の冷たい床に片膝付いた美貌の下男にグラスを
真紅のワインを注がれた。
臥台の前に置かれていた脚の短いテーブルは、
アルベルトが蹴倒したままにされている。
サリオン自身の好物や珍味が盛られた皿も砕け散り、
豪華な料理は野犬が漁ったかのように、薄汚く散乱していた。
しかし、アルベルトが指示しなければ、
彼等は自分の意思で片付けたりはしないのだ。
そんな下男の近くに置かれたテーブル上のグラスとワインにアルベルトが、
視線を向けた瞬間を、彼等は決して見逃さなかった。
それは床を片付け、なおかつ主賓にワインを呑ませるようにとの目配せだ。
割れた物を拾う者。散らかった料理を布で一か所に拭き集め、
手桶の中に入れる者。
倒れた楕円のテーブルを運び出す者。
彼等は言葉を発することもなく、各々の役目を果たしていた。
王宮に仕える下男の質の高さは圧巻だ。公娼の下男達の比ではない。
サリオンは昂ぶる気持ちを鎮めるためにワインを
肩で深く息を吐く。
今までどうしてアルベルトがレナに心を奪われることはないなどと、
決めてかかっていたのだろう。
神々しいほど美しく、いじましいほどたった一人のαを慕うΩほど、
魅惑的なΩはいない。
真珠のような光沢を放つ白い肌。光に透ける金の巻き髪。
切れ長の目と、すっと鼻筋の通った高い鼻梁、ふっくらとした唇が小さな顔に完璧なまでに配置され、目にする者を圧倒する。
そんなレナと
アルベルトのαとしての雄の欲が増幅され、二人は
世継ぎを作るためだけの関係が、子を成すことで心も体も魂も深く繋がり、
国中の民の羨望と祝福と、皇帝からの寵愛を一身に受ける皇妃の誕生。
次第に鼓動は打ち乱れ、安易に手離そうとしているものの大きさを、
骨身に感じて動けない。
サリオンはワイングラスの柄を握り、瞳を激しく震わせた。
自分は
アルベルトが心までレナになびくはずがない。
たとえレナが本当にアルベルトの子をもうけても、愛されてるのは自分だと、
勝手にタカをくくっていた。
だからこそ、身を引く決意が出来たのだ。
けれども二人が互いを想い合い、
授かった子に惜しみない愛を注ぐアルベルトを見て、正気でいられる自信がない。サリオンは片手で口を覆い隠した。
そうしなければ突然胸に噴き出した、どす黒いような鬱屈が、
思ってもみない言葉の矢になり、剣になり、
考えあぐねてきた策を自分で引き裂きそうになりかける。
視線を床に落としたら、下男が布で拭き始めた赤いワインが血溜まりに見える。
サリオンは荒波にもまれる小舟のように揺れていた。
確かにレナを見縊って、脅威に感じたことがなかった自分に気づいてしまった。
サリオンは、アルベルトの心までレナに譲ってしまえるのかと自問した。
すると瞬時に首を横に振る、自分が脳裏に浮かんでいた。
顔を歪めて激しく左右に振っている。
泣き出しそうになるぐらい。
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