第二十三話 不実
サリオンはじっと抱き締められたまま、虚ろな目をして切り出した。
「あんたがそれで気が済むのなら、好きなだけ俺と寝たらいい。それでも駄目だと納得して……、わかってくれたら、それでいい。だけど俺と寝るなら、同じ数だけ公娼でレナを抱いてくれ。レナは必ずあんたの子供を宿してくれる。そうすればレナは元最高位の昼三として後宮に迎え入てもらえるんだろ……?」
「……サリオン、お前」
アルベルトは当惑したように身じろいだ。
サリオンは唇を横に引くようにして薄く笑い、ごく淡々と通告する。
「同じ昼三の出のオリバーが、ダビデの子供を産んだとしても、ダビデの皇位継承権は第二位だ。二人の間に生まれた子供の継承権は四位に留まる。レナが産んだ子供が継承権の一位になり、ダビデは更に三位に下る。それが国にとって一番望ましい形だと、あんたはわかっているはずだ」
後宮でひしめく
サリオンは、レナを昼三のままで後宮入りを果たさせたかった。
自分を抱いて気が済んで、執着から解き放たれたアルベルトが、
後宮で皇帝を待つΩ達にも手を出さないとは言い切れない。
そんな時こそ、レナの過去がレナの地位を
皇太子を産み、なおかつ元最高位の昼三だったレナこそが、
第一皇妃になれるだろう。
サリオンは練り上げた策に束の間浸り切っていた。
すると、突然肩を鷲掴みにされ、アルベルトの胸の中から追いやられた。
「どうしてお前は話をレナに擦りかえる? 今は俺とお前の話をしている。レナは関係ないはずだ!」
噛みつくように咎められ、サリオンは首をすくめて凍りつく。
「レナはお前が思っているより、ずっと大人だ。自分の意思を持っている。お前はまるで朝から晩まで自分が世話をしなければ、生きてはいけないかのようにレナを下に見ているが、それはお前の思い上がりだ。見縊るな。いい加減に目を覚ませ!」
語気を荒げたアルベルトは噛みつかんばかりの顔つきで、薄絹をまとうサリオンの
胸の辺りを指で突く。
レナの身の処し方を案じるだけに留まらず、レナを擁護し、憤る。
鼓動が激しく胸を打ちつけ、よろめくように退いた。
「……そうじゃない」
かろうじて声を絞り出し、か細い声で否定した。
サリオンは、アルベルトの目を直視できずに顔を背けて言い足すしかない。
「そうじゃなくて……、俺はただ……」
ただ何を言おうとしたのだろう。
アルベルトのために出来ること。レナのために出来ること。
それをしようとしている自分よりレナの方が大人だと、言外に告げられた衝撃で、
頭の中が白くなる。
アルベルトにはレナの方が地に足のついた年長者に見えているのだ。
「レナが公娼から奴隷市場に売り払われるというのなら、位を剥奪されるその前に、昼三の最高位のまま後宮入りをさせてやる。後宮では誰よりもレナを優遇する。その上で、もしもレナが自分の
言葉尻を奪うように畳みかけられ、サリオンは、ますます口が重くなる。
アルベルトから思いがけなく見下げられ、打ちすえられたサリオンは、
どうしてレナへの処遇ばかりを口にするのか、わかった気がした。
ふとした拍子に垣間見られるレナへの情愛。
自分を説得するために、処遇が過剰になればなるほど疑わしくなる。
それはΩのレナに固執するαの欲情の鱗片なのではないかと、
思えて仕方がないから試したくなる。見極めたくなる。
応接の間を見渡せば、演奏を止めた楽士や、
柱のように突っ立った下男が息を潜めている。
彼等は壁に描かれたフラスコ画であり、人ではない。
だから、ここで何を聞いても何を見ても微動だにせず、ただそこにいるだけだ。
サリオンは、いつしか自分も彼等の一部と化した気がした。
話は単純だったはずなのに。
アルベルトが公娼に来て、レナとの間に子供をもうける。
皇太子を産んだレナは皇妃として王宮に迎え入れられ、
レナとアルベルトは家族になる。それで良かったはずなのに。
「あんたの方こそ、そこまでレナに入れ込む自分に気づいていないだろ」
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