第二十五話 最終通告

サリオンは背中を丸めて凍りつく。

レナに対する表と裏の感情に左右の腕を引っ張られ、

どうしていいのかわからない。

レナの一途な恋情がアルベルトに届くまで、支えるつもりだったのに。

今まで一度もつがいに出会ったことがない不憫なレナの幸せを、

見届けたかったはずなのに。


それを自分ではばみたがって暴れる自分が顔を出す。

絶対嫌だと泣きわめく金切り声が頭の中で反響する。

サリオンは唖然と虚空を見つめていた。

 

自分もレナもクルムの娼館で最初から昼三ひるさんだったわけじゃない。

客も取れない幼少時。

犬に食わせる餌同様の残飯を分け合いながら生き延びてきた弟でもあり、

見知らぬ男に身体を凌辱されるという、仕事の辛苦に共に涙した戦友だ。


そんなレナとアルベルトの二人の窮地を救うには、こうするしかない。

そんな決意の裏側から、

レナへの優越感と嫉妬が同時に沁み出して、

黒いもやと化している。その靄が体を覆い尽くしている。


「サリオン」

 

背後で尖った声がした。

弾かれたように頭を上げたサリオンは、けれどもそのまま硬直した。

振り向けなかった。

彼の思いをはね返すだけの信念が、砂で出来た搭のようになっていた。

 

近づいてきた靴音が真後ろで止む。アルベルトの体温を背中で感じた。

彼がまとうう香油の匂いが濃くなった。

固唾を呑んだサリオンに触れることなくアルベルトが問う。


「それでもお前は自分と寝たいと言うのなら、レナとも寝ろと言い続ける気か?」

 

これが最後の審判だとでも言いたげな詰問だ。

臥台の上の明るい色のクッションやカーテンや、家族の温もりやくつろぎを演出した応接の間に、死のような静寂が訪れる。

出窓の外で一陣の風が吹き渡り、木立の葉擦れの音がした。


「俺には、あんたの子供を宿せる自信がない」


サリオンは僅かに項垂れた。


「それはまだ心のどこかで、お前のつがいをなぶり殺しにした国の皇帝だという意識が残っているからか?」

 

やりきれなさを剥き出しにした声音が一層低くなる。

サリオンはあえて反応しなかった。

そうではなかった。

ユーリスを奪い、自分やレナを奴隷にした仇の国の皇帝だという憎しみは、

和らぎつつある。

罪の意識はむしろそちらに傾いて、今は亡きつがいに対する呵責かしゃくの念が渦を巻く。


けれども自分はきっとアルベルトの子を宿せないという確信は、

そこから派生していない。

自分はレナにも打ち明けられない秘密を隠し持っている。

ましてやアルベルトには口が裂けても言えない秘密が、

必ず彼を拒むだろう。

わかっているから頷かなかった。びょうという夜風が再びこずえを揺らした。

窓枠が微かに音を立てていた。

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