第十五話

 

広大な国土を治める皇帝と、その妃になった二人の姿が脳裏に浮かんだ。

たやすく想像できる気がした。


二人で静かに時を重ね、子供を二人で守って育てる。

仲睦まじいつがいの間で、幼子がはしゃいで笑い、駆け回る。

その子を軽々抱き上げて、頬にキスするアルベルトに、

レナも甘えて肩口にそっと寄り添かかる。

この大国の施政者でもあり、この上もなく頼もしく、神話のような美貌もそなえた

番と呼び合う初めての夫。

気品溢れる優美な微笑をたたえるレナにサリオンは、

いつしか自分を重ねていた。


晴れ渡った空の下、壮麗な宮殿内の庭園で子供を遊ばせ、見守る自分。


豊かな常緑樹が葉陰を落とす石畳の散策路を、

まだおぼつかない足取りで歩く子供について歩くのは、

皇帝ではなく親の顔のアルベルトだ。自分はおそらく木陰のベンチに座っている。

少し離れて二人を見ている。


迷路のように広い庭を散歩して、庭園の中央に配された巨大な噴水前まで、

子供と夫が戻って来る。

女神の彫像が肩に乗せた壺から流れ落ちる水が飛沫を上げ、

日差しを弾いてきらめくさまに、子供はきっと感嘆めいた声を上げるだろう。

前のめりに走り寄る子をアルベルトが慌てて引き止め、いさめている。


すると子供は父親の制止にむずがり、暴れ出す。

父親に抱っこをされても両腕を必死に突っ張って、背を弓なりにしならせながら

泣くかもしれない。

そんな時、声が聞こえるような気がした。


「サリオン。そんな所で見てないで助けてくれ」

 

と、弱り切った顔をして、こちらを見ている。

幼子も、自由を奪った父親を疎んで自分に助けを求める。

小さな両手を泳がせながらべそをかく。


サリオンは、庭のベンチから仕方なく腰を上げる自分を想像した。

うららかな陽光が降り注ぐ噴水の近くまで行き、

アルベルトから子供を引き取り、胸に抱く。

幼い子供を二、三度軽く揺さ振って、背中をはたいてやっている。


途端に泣き止み、泣き濡れた顔を肩やうなじに擦りつける、

我が子をあやす自分を彼は忌々しげに眺めるのだろう。

拗ねたような顔をして、


「どうせ、こいつは俺よりも、お前の方がいいんだ」

 

と、子供のようにむくれて嘆く夫を見上げて自分は笑う。

笑っている。

そんな未来がすぐそこにあるような、それでいて、

とてつもなく遠くに思えるようでもあり、サリオンは呆けたようになっていた。


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