第十四話
アルベルトはといえば、フラミンゴよりもフォアグラの方が好みらしい。
一口大に切られたソテーを楊枝を刺しては何度も口に運んでいる。
その上、給仕がワインをグラスに注いでも、
注いだそばからグラスを空にしてしまう。
酒のすすむ客といると、目がワインのボトルを探してしまう。
今は王宮の、しかも皇帝の宴に配される、
美貌の給仕に酌をされる立場にいるにも関わらず、
男娼として宴席にはべっていた頃の習い癖だ。
「フォアグラは好きじゃなかったのか?」
一向に手を伸ばさないサリオンに、アルベルトは少し落胆したような声音でぽつりと問いかけた。
「別に。特に好きでも嫌いでもない」
素っ気なく言い返したものの、
本当はゴクリと唾を呑み込んでしまうぐらいに好物だ。
ただ、濃厚な料理を口にしすぎると、その分ワインも進んでしまう。
本題に入る前に酔い潰れるのを回避したいだけなのだ。
「それなら一口だけでも食ってみろ。王宮で出すフォアグラの脂の甘味も口当たりも、公娼で出すフォアグラなんかの比じゃないぞ?」
痺れを切らしたかのように自ら銀の楊枝に刺し、サリオンの口元に突きつけた。
「ちょっと、止め……、おい。ソースが垂れる」
「だから、ほら。早く口を開けろ」
と、せっつかれ、仕方なくサリオンは食いついた。
上質な絹の貫頭衣にバターソースのシミを作ってしまうことなど意にも介さず、
食えと迫るアルベルトを、たしなめるように一瞥してから咀嚼した。
「どうだ、美味いだろう」
アルベルトが自慢気に、ほくそ笑む。
確かに美味い。思わず息を飲んでしまっていた。
その顔を見逃したりはしない男が、したり顔で笑んでいる。
その顔が小憎らしいから目を逸らし、黙って口を動かした。
「どうした? お前の口には合わないか?」
「……美味いよ。美味いって。だから、そんなに見るなよ。食いづらいだろ」
どうしても美味いと唸らせたがる強情な男を横目でじろりと睨みつけ、
口に残った脂の余韻をワインで押し流す。
それでようやく満足したのか、ふっと吐息のような笑みを漏らし、
アルベルトもまた、一口摘まんでグラスを
二人して口を噤むと、
楽士が奏でる竪琴が、小川のせせらぎのように胸にも耳にも心地良い。
美味い料理を目と目を合わせて美味いと言い合い、食べるだけのことなのに。
それが、どうしてこんなに心を満たしてくれるのか。
サリオンは切なくなって目を伏せた。
手の中で銀の杯を意味もなく揺らして微かに嘆息した。
レナが皇太子を産んだなら、ここにはレナが座るのだ。
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