第十三話
「羽をむしったフラミンゴの肉を丸ごと、水と塩と香草と酢を混ぜたスープで柔らかく煮込んである。深皿に盛りつけたら、煮汁に小麦粉と香辛料を加えて煮詰めたソースをかけたら完成だ。肉質は、まろやかで臭みもない。美味いから食ってみろ」
しきりに勧められたサリオンは、恐る恐るスプーンで掬い、
ごく少量だけ味見した。すると、雷に打たれたみたいに顔色を変え、「美味い」と唸ってアルベルトを見た。
「肉の脂は、こんなのさっぱりしてるのに、コクがあって食べやすい。美味いよ、本当に。何だ、これ」
サリオンは高価な子羊やフォアグラなどには目もくれず、
フラミンゴ肉の煮込みにばかり気を取られ、夢中になって頬張った。
ふと沈黙に気がつくと、微笑まし気にこちらを見つめるアルベルトと目が合った。
サリオンは我に返って
いかにもつまらなさそうに
けれども、そんな芝居は今更だ。
アルベルトが予め公娼に探りを入れさせ、Ωの廻しの好物は何なのか。
王宮で出したら驚くような料理は何なのかまで、
調べ尽くしていたことも明白だ。
アルベルトは心を尽くして歓迎の意を表しようとしてくれている。
それを、そのまま受け止めた。
アルベルトからの過剰なまでのもてなしに、
疑心暗鬼になっていた自責の念が煙のように胸の中に垂れ込めた。
注がれる愛情が真摯で一途で深いほど、怯えて構える癖がある。
ユーリスの時もそうだった。
眩しいものや美しいもの。優しいものや温かいもの。
人の誠意というものを信じる時には覚悟がいる。裏切られるかもしれない覚悟だ。
信じた自分の馬鹿さ加減を恥じ入って、のたうち回って腹を立て、
憎しみの業火に焼かれる時が来るかもしれない。
それを知っているからこそ、人の言葉を信じることには常に恐怖がつきまとう。
幼い自分を娼館に売ったのは父親らしき男だった。
娼館の主人から渡された硬貨が入った麻袋と引き換えに、
繋いでいた手を解かれた。
満面の笑みをたたえた男は、もう自分の子供を見ていない。
腹回りがでっぷり太った娼館の主人に手を取られ、
歩き出さざるを得なかった時、自分は人ではなくて家畜なのだと知らされた。
それでも、だ。
ユーリスは、人を信じることを学ばなければいけないと、静かに諭した人だった。
それを教えてくれたのがユーリスならば、
思い出させてくれているのがアルベルトなのだろう。
「呑まないのなら水かパンを用意させるが、どうする?」
と、銀の杯に奴隷にワインを注がせつつ、アルベルトに穏やかに訊ねられ、
サリオンは呵責の念から引き戻されてハッとした。
目の前の美しく盛られた料理の湯気や香り、初めて味わう珍味の余興、
くつろいでワインをたしなむアルベルトの微笑みが、
凝り固まった警戒心を
「いや、とりあえず今は……。これでいい」
サリオンはテーブル上に放置したワインの銀杯を手に取った。
少量口に含んだだけで
どっしりと力強く濃厚な味わいで、余韻にかけて重厚感が増す。
まるでアルベルト自身を、そのまま体現したようなワインがじわりと胃を焼いた。
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