第十二話

アルベルトが公娼の下働きの奴隷の食事を改善する予算を付けてくれたお陰で、

朝と昼はパンとスープの粗食だが、

夕食にだけは毎日肉や魚や甲殻類の主菜が一品添えられるようになっている。


この国に奴隷として連行されて来て以来、

安価なイワシの塩漬けばかり食べていた。

それが今は牡蠣やムール貝やエスカルゴのような珍味まで提供され、

舌も肥えてしまっている。

どれも故国クルムで最高位の昼三男娼として客を取っていた頃、

ユーリスのつがいになって城館で共に暮らした束の間の、

あの幸せを思い出させる味だった。


「美味いか?」

「……まあな」

「そうか。口に合って良かった」

 

アルベルトは目元の強張りを和らげた。

安堵したようなこの顔が、たとえ遊びの恋の手管でも、精悍な美貌を蕩けさせる

アルベルトへの思慕が湧き立ち、胸が苦しくなってくる。


思えばアルベルトは公娼で初めて出会ったその時から、

決して心を許してはいけない忌むべき相手であり、αだった。

故国を滅ぼし、最愛の番を奪った仇の皇帝。

憎しみ続けようとして、必死にあがいた。遠ざけようと不遜なまでに邪険にした。


惹かれたところで自分は決して子供を産めないΩだからだ。


皇太子を希求する皇帝に、皇子を授けてやれない体では、

何の役にも立てないどころか、恋した人を窮地に陥れるだけ。

それでも惹かれた。どうすることもできないほど。


「失礼いたします。フラミンゴの煮込みと子羊のロースト、フォアグラのバター焼きでございます」

 

前菜に続いて、給仕の奴隷が主菜の品を運んで来た。


「フラミンゴ?」

 

目を丸くしたサリオンは思わず前のめりになり、

料理が盛られた銀の深鉢を覗き込む。


「フラミンゴって、あの、一本足で寝る赤い鳥の?」

「ああ、そうだ。テオクウィントス帝国自慢の宮廷料理だ。公娼の饗宴でもフラミンゴは出されたことはないだろう?」

「知らない。見たこともないし、俺の国でも食ったりしない」


サリオンが『俺の国』でもと、悪気なく感嘆の言葉を発した途端、

アルベルトは僅かに眉を曇らせた。

しかし、すぐに得意満面な笑みに戻り、料理の注釈を高らかに言い足した。

不自然なまでに朗らかに。

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