第十一話

「まずは、サリオン。乾杯だ」

 

アルベルトは奴隷がワインを注いだグラスを持ち上げた。

仕方なくサリオンもグラスを掲げると、アルベルトが杯の端を合わせてきた。


「念願だった、お前との初めての饗宴に」

 

食にあずかる恩恵への感謝の気持ちを小声で神々に捧げたアルベルトの

銀のはいはいの端が合わさった。微かに可憐な音がした。

アルベルトはワインをあおったが、サリオンは杯の端に唇を付けただけでテーブルに戻し、無言のうちに訴えた。

自分は二人きりでの饗宴を楽しむために来たのではないのだと。


硬い表情を崩さないサリオンに、

気づいたアルベルトの勇ましい眉が僅かにひそめられ、

唇を横に引くようにして、自嘲のような歪んだ笑みを浮かばせた。


アルベルトは自分の妃にした元公娼館のΩの奴隷と、

日々の食事を供にする未来を思い描き、それを切実に願っている。

伏し目がちに微笑む寂しげなアルベルトを、サリオンは上目使いに盗み見た。


子供を産めない奴隷のΩに、どうしてここまで執着するのかわからない。


ダビデに対抗するには、どんな手段を使っても、アルベルト自身の子供が必要だ。

国事に関わる緊急時に、安穏と宴に興じる余裕はないはずだ。

皇帝の地位と権威をもってすら、手に入れられない人の心というものに、

固執しているだけなのではとも思ってしまう。

手に入れられたら満足し、掌を返したように背を向けるのでは。

そういった特権階級特有の驕慢きょうまんさが根底にあるのでは。 


だとしたら、抗い続けている方が逆効果だとも言えるだろう。

王宮まで来たその目的を果たすためには、

どう出るべきかをサリオンは険しい顔で思案した。


「ワインを呑む気はないようだが、料理ぐらい口にしてもいいだろう? 何なら俺が毒味をしてやる」

 

自分で自分を奮い立たせているような明るい声音で告げたのち

アルベルトは前菜の蒸し牡蠣かきや、

黒オリーブと白オリーブの実の盛り合わせ、クルミやプラムの詰め物をした

エスカルゴにも楊枝ようじを刺して口にした。


サリオンにとって、どの品も全部好物だ。


「一服盛られてるとまで疑ってなんかいねぇよ、俺は」

「それなら冷めないうちに早く食え」


美味そうに食べるアルベルトを眺めているうち、猛烈な空腹感にも襲われた。

サリオンは、いかにも渋々といったていを装い、

新鮮な艶を放つ大振りの牡蠣を堪能する。

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