第十話

弧を描いて居並ぶ窓縁、壁や柱や穹窿きゅうりゅう型天井の枠縁にも、

やはり金箔で飾られた漆喰彫刻がほどこされ、

窓辺には見上げるような黄金の燭台が、左右対称に置かれている。

豪華ではあるものの、オレンジ色に金の地模様が織り込まれたカーテンが、

窓の両脇でひだを作り、部屋に温かみを添えていた。

天井に描かれたフレスコ画も、

淡い色合いで女神達が青空を舞う優美な姿が描かれている。


低くて楕円の食卓に対し、かぎ型に配された臥台の主賓席側の正面が、

窓になるよう配置され、

ワインや食事を楽しみながら、庭も愛でる演出がされている。


背もたれのない臥台にも、カーテンと同じ生地のクッションが敷きつめられ、

部屋全体の色調は華麗でありつつ、落ち着きも感じさせる印象だ。

目も眩むような大広間に通されるのかと、戦々恐々としていたのだが、

広間というより応接間に近い部屋だと、サリオンは胸の中でひとりごちた。


部屋のそこかしこに置かれた大小のテーブルに、

こぼれんばかりに生けられた美しい生花も目に優しい。


部屋の隅では数名の楽士が待機し、

楽士に紛れるようにして護衛の兵士の姿が見られるだけで、

饗宴には付き物の曲芸師などもいなかった。

貫頭衣を着た奴隷達も置物か何かのように気配を消し去り、壁際に立っている。


「さあ、今夜はお前が俺の主賓しゅひんだ。正面の椅子に着いてくれ」

 

窓辺に歩み寄って来たアルベルトに、肩を抱かれて促された。

アルベルトの視線は庭園を正面にして腰かける長椅子を示している。


「いや、俺は……」

 

さすがに皇帝を差し置いて、

Ωの奴隷が貴族か王族と同等に『主賓』席になど座れない。

サリオンは辞退を口にしかけたが、アルベルトに間近に顔を寄せられた。


「お前を招待することができた今夜の喜びを噛み締めたい。俺の招きに応じたお前がへりくだらずに食事をしている姿を見せてくれ」

 

アルベルトの薄茶色の瞳で射抜かれ、切なげに請われたら抗えない。

跳ねのけられる訳がない。

下手したでに出ているようでいて、結局相手を思い通りにしてしまう。

最初から折れるつもりはつゆほどもない。

そんな男が忌々しいのに、

サリオンは主賓席の長椅子に腰を据える自分がもっと腹立たしい。


「この部屋は、ごく限られた親しい者と会食をしたり、くつろぐための居間を兼ねた応接の間だ。自分の家だと思って遠慮なく仰臥してくれ」


饗宴では臥台に左肘で上体を支えるようにして横臥おうがして、

空いた右手で料理を食べたり、グラスを持つ体勢が作法とされている。

アルベルトはサリオンが腰掛けた臥台に対し、

直角に配された臥台に横臥おうがした。

 

横たわった皇帝のサンダルは、

駆け寄った奴隷がひざまずいて慇懃いんぎんに脱がし、

バラの花びらを浮かべたたらいの水で足を洗い、

刺繍の施された美しい布で拭いている。


「俺は寝そべりながら飯を食う貴族の作法に慣れてない。座ったままの方がいい」

 

サリオンは横臥をきっぱり拒絶した。

王宮内の私邸の間に皇帝自ら案内されても、あくまで自分は奴隷のΩだ。

恥ずかしげもなく王族や貴族の作法に殉じるなど、

思い上がり以外の何ものでもない。

決然として言い放ち、睨みを効かせたサリオンに、アルベルトは一瞬目を見開いて苦笑した。


「……横臥に慣れていないというなら仕方がない」

 

眉を下げ、渋々といった口調で承諾しながら「そのうちに慣れる」と言い足した。


「そのうち、ってどういう意味だ」

「別に? そのうちにという言葉の意味だが」


まるで『そのうち』ここで横臥して、

食事をするのが当たり前になるとでも言いたげな口振りだ。

喧嘩腰のサリオンを、艶然とした微笑ひとつでサラリとかわし、

アルベルトは出入り口で控えていた奴隷に目配せした。

 

彼等は銀皿に盛られた前菜と銀の酒杯を食卓に並べ、退いた。

それを機にして楽士により、

竪琴や笛やオルガンで穏やかな曲調の音楽が奏でられ、

緊迫した部屋の空気を和らげる。

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