第九話

「やっと、いつもの顔になってきた。何の話をしに来たのかは別として、料理と酒を存分に楽しめ」

 

アルベルトの手はサリオンの後頭部から、うなじへ流れて上下した。

むっとしたサリオンは頭を振って払い除け、腕の中から逃れ出た。

それでもアルベルトは大人の余裕を醸した微笑をたたえている。

唇を横に引き上げた艶然えんぜんとした微笑みが、癪に障って仕方がない。


いつもの調子を取り戻すどころか、むしろじわじわ包囲網を狭められ、

ふとした拍子に言葉で急所を鋭く突かれて狼狽している。

まんまと術中にはまっている。


饗宴に入る前から惑乱させられ、

本当にレナの話を切り出せるのも危ぶまれる。

このままレナがαやβの富裕層の誰の子も孕まなかったら、

最高位の昼三から引きずり下ろされ、

最悪の場合、公娼から奴隷市に売りに出されてしまいかねない状況にまで、

追い詰められていることも。


サリオンは忸怩じくじたる思いで唇を固く引き結ぶ。


レナのためにも、そして何よりアルベルトの皇位継承者誕生のためにも、

最善策を講じなければならないと、自分自身に言い聞かせる。

そうでなければ従兄弟のダビデが後継者となる息子を旗印にして、

アルベルトの政権討伐に乗り出すに違いない。


皇帝と肩を並べて歩くうち、廊下の突き当たりにある扉の左右に、

兵卒が槍を携え立っている。

おそらくアルベルトが案内しようとしている饗宴の間は、あの部屋だ。


「さあ、着いた。お前と食事をするのなら、これからも度々使うことになる」


アルベルトの声と姿が一定の距離まで近づいた刹那、

居住まいを正す左右の兵士の甲冑金具の音がした。

二人が左右に引き開けた扉の手前にアルベルトが立ち、

中へと招くかのように、片腕を部屋へと向けて微笑んだ。


「わっ……」

 

と、部屋の出入り口に立ち、サリオンは感嘆の声を思わず上げた。


最初に視界に入ったのは、広々とした庭に面して楕円形に張り出した空間だ。

両開きの半円形の高い窓が並んでいて、篝火で照らされた庭の噴水や豊かな植栽、ブロンズ像など、その張り出した空間からより近く観賞することができる。


サリオンは引き寄せられるようにして、まっすぐ窓辺に近づいた。

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