第二十九話
「サリオン……」
キスの合間に呼ばれる声が乱れている。
アルベルトに両手で頬を挟まれて、苦しいぐらいに昂ぶる口接。
開け放した口の中をまさぐる舌が淫猥で、膝から力が抜け落ちる。
唇を重ねるだけでは伝えきれない熱情を、わからせようとするように、
アルベルトは舌に舌をねっとり絡めて歯を立てる。
惑乱しているようでいて、余裕も匂わす舌の動きが憎らしい。
サリオンが一番感じる上顎の真ん中辺りを舌先で、
「うっ」
と、呻ったアルベルトが口の中から舌を引く。
手の甲で口の周りの唾液を拭きつつ眉をしかめたアルベルトを、
あるように笑んでやる。
すると今度は隠した牙を剥き出しにした皇帝の、凶暴なキスが降ってきた。
サリオンの息も鼓動も乱れていた。
なのに、もっと酷くしてくれと、鼻にかかった声を出す。
アルベルトの手はサリオンの腰から尻まで忙しなく辿ってまさぐる。
そのうえ服の裾をまくって腿にも触れてきた。
「んっ……」
思わずキスを解いて俯いて、
裾の中を這い回る不埒な片手を掴んで封じる。
それでもその手はサリオンの腰帯の前を握ろうとして暴れている。
サリオンは調子に乗るなと上向いて、ぶつかるようにキスをした。
サリオンの全体重を受け止めざるを得なくなり、アルベルトの手が背中に戻る。しっかりと抱きすくめたまま、熱いキスで応えてくれる。
永遠に、こうしていられるキスだった。
子供みたいに笑いながら、濃艶なキスに酔いながら、
どこまでも高く飛べる気がした。どこまでも深く潜れる気がした。
「……ふっ、あ……っ、も、無理……」
溺れかけた人のように、顔を離して
胸一杯に息を吸い込み、吐き出しながら目の前の胸に寄りかかる。
「サリオン……」
耳殻を食んだアルベルトに、この上もなく甘美な声音で囁かれた。
アルベルトが庶民のβに扮するために
粗末な麻の貫頭衣越しに香油の薫りが匂い立つ。
高貴な人の匂いがした。
その瞬間、埋めようのない距離と溝とが脳裏に浮上し、目を開ける。
続いてレナの泣き顔が、輝くように美しかったユーリスの慈しむような微笑みが、
交互に浮かぶようだった。
全身の血が冷えわたり、下唇が震え出す。
サリオンはアルベルトの胸の中で火がついたように身をよじり、
彼の腕から逃れ出た。
その反動でよろめきながらも後ずさり、上目使いに威を張った。
「サリオ……ン?」
アルベルトの茫然とした声がした。彼はまだ、両手を宙に浮かせていた。
サリオンは肩で息をした。そして更に後退した。
雲が流れて月が隠れ、木立の影が薄くなる。
闇に沈んだ長身で勇ましい男の体躯は石像のように動かない。
その手がやがて何かを諦め、悟ったように下ろされる。
サリオンは思わず顔を背けていた。心臓がえぐり出されるようだった。
「……どうかしていた」
サリオンはかろうじて一言だけを絞り出す。
あの胸の中に飛び込んだ瞬間だけが全てだった。
口づけ合った歓喜は今も体中を駆け巡り、アルベルトだけを求めていた。
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