第二十三話
でこぼこになった石畳の街路の真ん中は、
主に荷車が土埃を舞い上げながら行き過ぎる。
荷車や馬車の車道として用いられる中央部より、一段高く
昼食後の昼寝を済ませた労働者階級のβ達が行き来する。
食堂や雑貨店、床屋など、歩道に面した部分には、壁もなければドアもない。
店の中の客達の豪快な談笑は通行人の耳を不快につんざくが、
この地区に住むβの庶民と同じように、サリオンも貧民窟に出入りするうち、
この喧騒には慣れ切ってしまっている。
石畳を走る荷車のガラガラという鉄輪の
密集する高層集合住宅の壁面という壁面に反響し、
人々の話し声が負けじとばかりに更に大きくなるという悪循環。
生成りの膝丈の
擦り切れた革のサンダルを履き、歩道を進むサリオンも、
今はその雑踏と喧騒に埋もれるβの庶民の一人にしか見えないはず。
男にしては小柄でも、茶に近い金髪と碧の瞳をしたΩは、いない。
この国のΩは黒髪に黒い瞳という特徴的な外見だ。
βの居住区に立ち入ることも許されない汚らわしいΩが白昼堂々歩いていれば、
逆上したβに殴り殺されてしまうだろう。
けれど、サリオンのように帝国軍の捕虜として連行され、
奴隷商人に売り飛ばされた異邦人は、
髪と瞳が黒くなければ、βに紛れることができる。
歩道に面して建てられた六、七階ある高層住宅の一階部分は、ほとんど何かしらの店舗になっていて、人通りもかなりある。
夕飯時が近いとあって、手に籠を下げ、野菜や肉を買い求める奴隷も多い。
そんな中、歩きながらサリオンは、素早く周囲を見回した。
跡をつけられたりしていないかどうか。
怪しむような視線を向ける者の有無も確認した。
そして一定の歩幅を保ったまま、
高層住宅のレンガの壁と壁の間に僅かにできた細い路地に入り込む。
街全体を照らしていた、赤味がかった
表通りに背を向けた途端に遮られた。
足元はべたつくようにぬかるんで、鼻の奥につんとくる悪臭漂う悪路のせいか、
人の気配も一気に途絶える。
先程よりは注意深く足を進める小路に対して時折ぽつりぽつりと、
高層住宅の一階の裏口が半円型に空いている。
まるで洞穴のような出入り口だ。
当然のようにドアはない。
そんな高層住宅の、とある出入り口の直前で、サリオンは再び左右上下に、
鋭く視線を走らせた。
と、同時に、誰もいない一瞬の隙をぬうようにして、
共同出入り口の中に踏み込んだ。
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