第二十二話

 

帝国の領土内で最も高い丘の上に、荘厳な宮殿がそびえ建っている。


とはいえ、広大な敷地は小窓ひとつない城壁で囲われ、

丘の麓から見上げても、全容を窺い知ることは庶民にはできない。

伝え聞いたところによると、敷地内には列柱廊で繋がれた後宮以外に、

数か所離宮があるらしい。


それらの離宮は皇帝が休日や余暇を楽しみ、

くつろぐ場として華美な装飾は控えられ、

代わりに列柱回廊が縦長に形作る広々とした中庭が、

日当たりの良い東や南に設えらているそうだ。


庭といっても、森のように豊かな木立が迷路のような遊歩道に葉陰を落とし、

日中の鋭い日差しを程よく緩和するのだろう。

散策者の目を楽しませるため、道なりには花々や香草が植えられた花壇が連なり、水飛沫を上げる大理石の噴水、

木陰には大理石の肘掛け椅子が周到に用意されている。


庭を愛でるというよりも、

森林浴といった方が正しいようなそぞろ歩きを満喫した皇帝は、

大理石の椅子に腰をかける。

目の前の噴水は木漏れ日を浴びて水面も水飛沫も煌めきを放ち、

心地良い水音が日々の激務で凝った心身を休ませる。

そして皇帝に寄り添うことを許されて、そっと隣に腰かけるのは、

寵愛される美しいΩの少年だ。


普段は後宮に控える彼等も、

皇帝の来訪を受けた際には、皇帝自ら指名した特別なΩが身の周りの世話をする。

日が落ちてからも、皇帝の所望があれば夜伽をする。

後宮に住まいを与えられた百余名のΩの美少年の、

ほんの一握りの選ばれた者だけが、皇帝の寵を得ることができるのだ。

 

反対に皇帝に見向きもされない、みじめなΩは、

皇帝自身も知らないうちに役人により、

人知れず後宮から放逐されてしまうという。


行くあてもなく、仕事を求めてさまよううちに、

Ωの最下層階級の吹き溜まりの貧民窟にたどりつき、男娼になる。

彼等は自分の身体以外に何も持たず、何も売る物がないからだ。


サリオンは貧民窟とは言わないまでも、βの庶民の住宅が建ち並ぶ街路に立ち、

丘の上の城塞のような巨大な宮殿を見上げていた。

西に傾きかけた太陽が丘の頂上から裾遠くまで、宮殿の影を落としている。

アルベルトは、もう五日も公娼に来ていない。

今夜も『私用』で来館できない旨を知らせる巻き紙がレナに届いたら、

連続して六日目だ。


レナを贔屓にするようになって以来、六日間も顔を見せないなんて初めてだ。


急を要する公務に追われ、二、三日、間が空いたことはある。

それでもレナがどんなに気を揉み、悲嘆にくれたかわからない。

サリオンは仰ぎ見た宮殿から目を逸らし、嘆息しながら項垂れた。


最悪の予感が刻一刻と現実のものになりつつあるのだ。


アルベルトが公娼の下男の食事を改善するよう命を下し、

予算まで付けてくれたのは、最後のはなむけだったのか。

今夜も公娼ではなく、後宮にひしめく美少年から寵愛しているΩを指名し、

宮殿の寝室まで呼び出すか、自身が離宮まで足を運び、

濃艶な夜を享受するのか。


もちろん彼等に性奉仕させるだけでなく、

自分の世継ぎを孕ませる目的も腹に据えながら絡み合い、

Ωの細腰に腰を激しく打ちつけるアルベルトの逞しい背中が脳裏に浮かびかけ、

眉間に深い皺が寄る。

サリオンは憂鬱にしかならない憶測や妄想から、

逃れるように俯きがちに歩き出す。



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