第二十話


「そのための予算も、陛下は付けて下さったようですよ。だからといって、下男達の階層や役職の有無は無視できないから、全員に同じ物は出せないという条件つきで、旦那様も承諾なさったと聞きました」

「それじゃあ、お前はもっと質素なのか?」


サリオンは受け取った盆をテーブルに置き、肩越しに彼に問い質した。

それでは話が違ってくる。


階層の低い雑用係の年老いた者や、彼のような子供の下男は、

これまで通り貧相な食事のままだというのなら、

公館の劣悪な状況が、皇帝の命により改善されたことにはならない。

廻しの役目を司る自分のような一部の下男の分だけを多少良くした程度では、

せっかくアルベルトが増やしてくれた予算の大半を、

館の主人に横領されてしまうだろう。


「いいえ。もちろんサリオン様が召し上がる御食事と同じとまでは言えませんが、僕のような使い走りの奴隷でも、今夜からはパンの他にも、玉ねぎのスープや山羊のチーズや、イワシの油焼きまで食べることができました。郊外の農地や牧場で働かされる奴隷達はパンすら貰えず、薄い塩味のスープだけが一日分の食事だそうじゃないですか。毎日パンが食べられるだけでも感謝しなくちゃいけないと思っていたのに、夢のようです。陛下がどうして急に、こんなに良くして下さったのかはわかりませんけど、明日からの食事の時間が楽しみになりました」


胸の前で両手を組み、幼気いたいけな下男は、はしゃいだように言葉を重ねた。


どうして急に、こんなに良くしてくれたのか。

彼が放った疑念の言葉がサリオンの胸の中でも、くり返された。

軽やかな足取りで部屋を去る給仕の子供の背中をぼんやり見送り、

ドアが閉じられた微かな音を耳にした。


α階層にしてみれば、主人に買われた奴隷の下男達に出される食事は、

家畜に与えるただの餌。

皇帝が新たに予算をつけてまで関与する必要性は、どこにもない。


サリオンは窓辺に置いたテーブルの上の盆を見た。

スープの鉢からまだ白い湯気が立っている。

冷めないうちに食べようと、テーブルの前に移動した。


昨夜もアルベルトが、自身の饗宴用に準備させた『皇帝の夕食』を分け与えられ、ミハエルに運んでもらったが、ほとんど口にはしなかった。

並べられた豪華な食事は受け取るくせに、アルベルトの気持ちは拒絶する。

それは矛盾しているし、卑怯な気がしたからだった。


公娼に来て以来、

壁に描かれたフレスコ画のように鑑賞していた猪や兎や鳩肉の炭火焼き、

付け合せのレタスやビーツ、ガチョウの卵のパイ包み焼きにムール貝の蒸し焼き、数種類のチーズ、上質な小麦で作った雪のように白いパンも、

パンに添えられた生ウニも、

アルベルトが惜しみなく注いでくれる好意の象徴そのものだ。


だからこそミハエルが見ている手前、スープと猪肉を少しだけかじり、

残りは厨房に返却した。

サリオンは今夜も背もたれのない木の椅子に腰をかけ、

夕食の品が並べられた平らな盆を見下ろした。

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