第十一話


「お気をつけて、お帰り下さい」


サリオンは接客用の微笑みを仮面のように貼りつけて、

饗宴の間を退出するクリストファーの招待客に挨拶した。

宴席で彼等の給仕に就いていた下層男娼も招待客に付き添って、

馬車で帰る彼等を門前で見送る一方、サリオンはクリストファーとレナの二人を

レナの居室に案内する。


「それでは、クリストファー様。お約束の退室時間になりましたら、お迎えに上がります」


手燭のロウソクで先導しながら、本館二階の居室まで来ると、

サリオンは二人を中に入れた後、クリストファーに念押しした。

クリストファーがレナと同衾できるのは、一時間と少しだけ。

宴席には二時間をかけ、招待客も二人招き、

客にはべらせる下層男娼も同席をさせ、それらの費用も全部負担し、

ようやくレナを抱くことが許される。


「ありがとう、サリオン」

「とんでもございません。どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さい」


クリストファーはαの貴族だという奢りも見せずに、

Ωの下男のサリオンにも礼を言う。

こんなに好ましい人なのに、惚れるかどうかは別の話になってしまう。

サリオンは居室のドアを閉める間際、ちらりとレナを窺った。


弾むような足取りのクリストファーに腰を抱かれ、

寝室に向かうレナの顔は精巧にできた彫刻のように生気がない。

それでもレナはベッドの中では昼三ちゅうさんの勤めを全うする。

ねやで男を満足させれば、

どんなに無愛想でも客はまた来る。

それを知っているからだ。


サリオンは、レナの居室のドアを閉め、背中を預けて項垂れた。

求めてもいない男に身体を組み伏せられるレナを思うと、

不憫で胸が痛くなる。

その反面、数種の薬草の成分を抽出して作られる経口薬を服用し、

一年中発情期という身体にされたΩのレナには、αやβとの性交も必要だ。


アルベルトがレナを毎晩のように買い占めながらも、

レナを抱こうとしない以上、他の男で身体の飢えを満たさなければ、

二重の意味で苦しむことになってしまう。


侵略国に奴隷にされたΩといえども恋しい人を迎え入れ、

心も身体も満たされたいのに叶わない。

だから、あんな顔になる。

ドアを閉じる間際に目にした作り物めいた美しすぎる横顔が、

サリオンの脳裏に浮かんでいた。


大きくひとつ溜息を吐くと、サリオンは手燭を掲げて廊下を戻り、階段を下りた。

モザイクタイルで彩られた大ホールを左に曲がり、

正面玄関の見番役に報告をするためだ。


まだ客がつかない男娼達が集められた小部屋の出入り口で、

見番役は腰高の丸テーブルに肘をかけ、

開放された玄関の外に漫然と顔を向けていた。

夜営業の開始とともに来館する客足が一旦落ち着き、手持ち無沙汰なのだろう。


「クリストファー様がレナ様と床入りされた」

 

サリオンが声をかけると、見番役はテーブルにかけた肘を下ろし、

労うように微笑した。


「饗宴は二時間の予定じゃなかったのか? やけに早いな」

「レナの機嫌が直らなくて、料理も食おうとしないんだ。それなら床入りの時間を少しでも長くして差し上げた方が、クリストファー様には喜んで頂ける」

「それは、そうだ。本当に客が楽しみたいのは、宴席じゃなくてベッドに入ってからだからな」

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