第十話


「失礼します。デザートをお持ち致しました」


先程サリオンが指示をした、下男が新鮮な果物を盛り合わせ銀製の深鉢を、

丸テーブルの中央に置き、宴席の終了を暗に告げた。

会食者達は馴染み深い果物に緩慢に手を伸ばし、

落胆もなければ歓喜もしない、平坦な顔で食している。

 

こういったデザートひとつとってみても、アルベルトは東方へ進出した帝国軍が持って帰ってきたという、桃やあんずを、いち早く披露した。


下男は食べることはないにしても、

いつもレナから好奇心旺盛なサリオンを楽しませようとしているのだと、

当て擦られて辟易へきえきしていたはずなのに、今はそんなことばかり思い出す。


「今夜はいつもより短い宴席だったけれど、そのぶん充実していたよ。ありがとう、クリストファー」


招待された客達は果物も全て平らげて、臥台がだいから起き上がり、

口々に主催者に礼を述べた。

サリオンは、はっとして我に返り、

帰宅する客のために広間の出入り口の両扉を引き開ける。

それぞれの客に付いた階層の低い男娼は、客にサンダルを履かせていた。

 

レナも同じようにクリストファーの足元にひざまずき、

革製のサンダルを履かせてやり、屈強な足首に紐を絡めて結び目を作る。


せっかくのもてなしの料理には、口をつけようともしなかったレナが膝を折り、

うやうやしくサンダルを履かせてくれる。

そんなレナを眺めるクリストファーの眼差しは、Ωを見下すαの驕慢さと、

恋する人に傅かれる恍惚が入り混じり、既に劣情で潤んでいる。

 

レナは男の被虐と加虐のどちらの欲も引き出して、

気持ちの上でも満たす技巧にも長けている。 

それを意図しているのかどうかは、わからない。

けれどもレナには美貌だけでなく、上流階層の男達を常連にする技量がある。

サリオンは饗宴の間のドアを開けたまま、複雑な思いで二人を見つめる。


レナにとってクリストファーは上客だ。

宴席でもベッドの中でも不快にさせられる恐れもない、

都合の良い客の部類に入る。

だから黙って仕えている。


それでもレナはクリストファーとアルベルトを、比べたりなどしないだろう。

レナにとってアルベルトは客などではなく、恋人の来館だからだ。


こんなに逐一比べているのは自分だけだと、胸の中がざわめいた。

クリストファーや、次の客のイアコブも、男としての格からして、

比較の対象にすら入らない。

アルベルトの足元にも及ばないなどと、思っている。

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