第十二話


クリストファーがレナを買ったのは三時間。

饗宴は、前菜からデザートまで出し終えるまでに最短でも二時間かかる。

また、公娼では男娼は一時間単位で買うよう定められている。


今夜、双方合わせて最も短い時間に指定したのは、

クリストファーが多忙だからか、

金の余裕がないからなのかは、わからない。


「クリストファー様は貴族といっても、家柄自体は高くもなければ低くもない。昼三を三時間買うのはキツイんだろ。だったら、少しでも早く床入りさせてやった方が感謝される」


見番役はサリオンの心中を読んだように言いながら、

テーブルに設置した振り子時計に目をやった。


「床入りは午後七時。ってことは、床引けは八時だな」

「そうなるな」


公娼のΩが産んだ子が誰の子供であるのかを証明するため、

見番役は床入り時刻と退室時間も記帳する。

Ωの男はαやβの子を身籠ると、受胎した日の二百日後に出産する。

しかも射精された時刻から、二百日後の同時刻に破水が始まる正確さだ。

 

だから、どの男娼が何月何日の何時に誰と床入りし、

何時に房事を終えたのか、公娼では公文書として記録する。

公娼の男娼達は一晩で何人客を取ろうとも、出産した際、記録をたどれば、

どの客の子供であるかが判明する。


この館は子供のいないαや富裕層のβの子息達が、

選りすぐりの若いΩに跡継ぎを産ませるため、

国が設けた公的機関なのだと、見番に報告するたび痛感させられる。


アルベルト以外の客を取らざるを得ない時、レナは内密に避妊薬を呑んでいる。

妊娠する可能性は限りなく低くても、

表向きはこうして見番役に報告している。

レナは、あくまで妊娠も出産もできる健康で若いΩなのだが、

残念ながら未だに受胎に至っていないと言い張るための偽装だった。

 

でなければ、公娼では厳禁される避妊薬を、

服用している可能性が浮上しかねない。

その疑惑が事実だったと判明すれば、レナは重罪人として捕らえられ、

円形闘技場で柱に縛りつけられ、

生きながら猛獣に食い殺される『見世物』にされてしまうだろう。

いわゆる公開処刑に処されるのだ。


アルベルトのように一晩買い占められれば、

床入り時刻も退室時間も知らせる必要はないのだが、

連日連夜、昼三を買い占める財力を持つ男は国中探しても五本指に

入るかどうかだ。


レナの側付きも廻しも兼ねるサリオンは、

今夜レナが誰と何時に床入りしたのかも、何時に客が退室したのかも、

見番役に何食わぬ顔で言い述べる。

禁忌を犯せばレナと同じ末路が待っている。

それでもサリオンは決してレナを一人で逝かせはしないと、

とっくに腹をくくっていた。


「だけど、クリストファー様はレナ様を身請けする金を用意しようとされていて、ここでは散財されないだけかもしれないな」

 

サリオンも振り子時計に視線を移して呟いた。

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