第六十二話
サリオンもミハエルが元々主人や客にこびへつらい、
可愛がってもらおうと媚びるような性質ではなく、
見た目の印象を武器にして、周りから『無邪気だと思われた方が得』だから、
そのように演じている利発な少年だと感じていた。
今夜のように、自分の『損』にしかならないことをするようには見えなかった。
それだけに、サリオンも内心意外に思っていた。
「ほら、冷めないうちに食っちまえよ。アルベルト陛下は、お帰りになられる時、自分が饗宴で注文した料理の残りは、これからも館で働く者達にふるまうように、館の主人に命じられたそうだ。特にサリオンには専用に取り置くようにということと、温かい肉料理を食わせてやるようにとの仰せだった」
テーブルの銀の盆に並んだ料理のメインの焼き肉の皿に掌を向け、
ミハエルは冷やかすような意味深な眼差しを向けてきた。
「温かい肉料理……」
呟いたサリオンの中で、先日アルベルトと貧民窟で交わした会話が一気に蘇る。
裏路地の立ち呑み屋まで押しかけてきたアルベルトに、
貧民窟では表通りに面した食堂ですら、
せいぜい安い豚肉か鶏ぐらいしか客には出さない。
それでも肉は高級品だ。
自分達のような奴隷身分のΩ達は、水で薄めたワインを呑み、
安価な魚の塩漬けや蒸し煮の貝類、果物、
オリーブの実や肌理の粗いパンやチーズといった変わり映えのしない食事で、
空腹をただ満たしている。
それを知ったアルベルトは衝撃を受けたように瞠目した後、
腹立たしげに眉を寄せていた。
α階層の頂点に立つ皇帝なんかと、Ωの奴隷が同じ物を口にできるはずがない。
そんな当たり前の現実に、今更どうして憤慨なんてするのだろう。
アルベルトは別段何も言わなかったし、サリオンも追及したりしなかった。
それを改めて思い返していた。
あの時までアルベルトは、
自分が公娼を訪ねるたびに用意させた大量の料理は、
下働きの自分達が食べていると、信じ込んでいたのだろう。
テオクウィントス帝国の娼館に比べれば、
クルム国特有の慣習を踏襲している公娼では、
男娼は位に応じて相応に優遇される。
同じように下働きでも『廻し』といった役職にさえ就いていれば、
ある程度は厚遇されるとみなしていたのかもしれない。
たとえば、客が残した料理を賄いとして食することは許されるというような、
ささやかな恩情ぐらいは館の主人にかけてもらっているのだろうと。
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