第六十一話

 

近づいて見ると、炭火で焼いた猪や兎や鳩肉の盛り合わせや、

付け合せのレタスやビーツ。

ガチョウの卵のパイ包み焼きに、蒸し焼きにしたムール貝。

数種類のチーズや、上質な小麦で作った雪のように白いパンと、

パンに添えられた生ウニやエビのオイル煮。

ディキャンタには水で薄められた様子もない真紅のワイン。


それらは全て上流階層の饗宴の席でしか供されない食材ばかりだ。


「アルベルト陛下は、今夜ご自身の宴席のために用意させた料理を、館内で働く者達にふるまうように、おしゃられただろ? 陛下は宴席に招待客を召されないが、料理は常に十五名分は注文される。どうやら今まで陛下はご自身で食された後、余った分は下働きの者達で分け合って、食べてるはずだと勝手に思っていたらしい。それが今回帰り間際に門兵達と雑談して、館の下男にふるまうために、わざわざ残した料理が全部破棄されてたと知らされて、随分驚かれたみたいだぞ。……まあ、捨てたなんて言っているのは表向きだけの話でさ。実際は館のケチな主人が独り占めにして持って帰って、自宅の饗宴の席で出してるって噂だけど」


ミハエルは背もたれのない木の椅子に腰をかけつつ冷笑した。


十八になったサリオンと、さほど齢は変わらないはずなのだが、

ミハエルは「本当の齢はわからない」と言っていた。

母親はΩの奴隷で、αの貴族の館で小間使いをしていたらしく、

主人のαの御手がつき、生まれた子供がミハエルだ。

ミハエルの父親は、Ωの奴隷の小間使いに産ませた子供は、

奴隷商人に売り飛ばした。


幼い頃からαや富裕層のβの間で売買をされ、

各地を点々としていたようだ。

しかし、サリオンやレナと同じく故国をテオクウィントス帝国に襲撃をされ、

捕虜にされると、奴隷市場にかけられて、

公娼の主人に買われたΩだ。

 

この公娼に買われてきて、

初めて男娼として身を売るようになったとも聞いている。

すらりとした手足はレナのように色白で華奢ではないが、

瑞々しい少年らしい、張りのある筋肉がついている。


卵形の小さな顔に、ふわふわとした栗色の髪。

潤った大きな両目の瞳も栗色だ。

まっすぐに伸びた鼻の先がつんと上を向いていて、

どこかしら気の強さも感じさせる一方で、

ふっくらとした柔らかそうな唇が愛くるしく、天真爛漫な雰囲気を醸している。


レナのように神秘的なまでに美しいというよりは、

愛嬌がある甘い印象の面立ちだ。

この無邪気な笑顔の少年が、

あのダビデ提督を袖にしたと言われても、誰もが耳を疑うだろう。

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