第五十八話


サリオンは、中庭を囲んだ娼館の西棟二階に与えられた自分の個室に、

くたくたになって戻って来た。

木製のドアを閉めると鍵をかけ、脇目もふらずに固いベッドに倒れ込む。


廻しに与えられた粗末な居室は、窓が西側にひとつあるが、

高価なガラスははまっていない。

砂埃を防ぐため、一日中蝶番が錆びついた鎧戸よろいどで塞いだままだ。

壁側に寄せたベッドの他には木製のテーブルと椅子がひとつずつ。

着替えは座面下が物入れになった長方形のベンチボックスに収めている。


サリオンは、カビ臭いベッドの上で芋虫のようにもぞもぞと蠢きながら

サンダルを脱ぎ、板張りの床に投げ捨て、目を閉じた。


アルベルトには窮地を救ってもらったが、代わりにレナをがっかりさせた。


これまではレナより自分がアルベルトに贔屓ひいきにされるたび、

レナには罪悪感に近いものを感じてきた。

落ち込むレナを側で見るのは心苦しいだけだった。

アルベルトの興味が一刻も早く自分から逸れ、

レナに向いてくれるよう願っていた。


実際、自分は子供を産めない無用なΩだ。

孕むことはできないが、αやβの男達を催淫するホルモンの抑制剤も飲んでいる。

だから世継ぎが必要なアルベルトが、

発情期もなくホルモンも発さない自分にまとわりつく理由がわからない。


あるとするなら性欲ではなく、駆け引きだ。


禁忌きんきとされる公娼の下男を口説き落とす、

真新しい娯楽に夢中になっている。それだけだろうと思っていた。


だからこそ、この国の最高位に立つ忌々しい男の玩具おもちゃにされてたまるかと、

故国では昼三男娼だった意地と矜持きょうじで跳ね退けた。

けれども今は何かが違う。

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