第五十九話

 

ダビデが自分を輪姦しようとしたのも、

饗宴を盛り上げる余興の一種だ。遊びにすぎない。

絶対的な弱者を思う存分踏みにじる嗜虐に酔って興奮し、

昂ぶるという歪んだ欲で犯そうとした。


αやβの男達は、発情期のフェロモンを発していないΩの男でも性交する。

それらの行為は強姦だ。

フェロモンに触発され、本能でΩを求めた訳ではない。


ただし、ひと月に一週間前後訪れる発情期にαやβに強姦され、射精をされたら、Ωはどんなに不本意でも妊娠する可能性は否めない。

そして生まれた子供は父親のαやβの『所有物』として奴隷にされるか、

奴隷商人に売り飛ばされてしまうかの、どちらかだ。


そのため、レナはアルベルト以外の客を取らざるを得ない時には、

必ず避妊薬を服用する。


αやβの男達を欲情させるフェロモンを発しなくては仕事にならない公娼では、

Ω階層の男娼は年中フェロモンを分泌し続ける錠剤の服用を

強いられる。

床入り前に避妊薬を飲まなければ、

アルベルト以外の客の子供を身籠ってしまう恐れがある。


レナは何としてでもアルベルトの世継ぎを産み、

皇妃として迎え入れられたがっている。

皇帝アルベルト以外の子を孕む選択肢は、レナの中には存在しない。

それほどまでにアルベルトを慕うレナを苦しませてまで、

アルベルトの『遊び』に付き合う理由は何もなかった。

今までは。

だけど、と胸の中で呟いて、サリオンは起き上がる。

ベッドの端に腰かけて、片手で額を覆いつつ、瞳を虚ろに彷徨わせる。


もし、アルベルトが本気だったら、どうするのか。


だとしたら、つがいのいないαが、

フェロモンも発していないΩの男を求める動機はひとつだけ。

本能ではなく、それは恋。

彼の言動に一切嘘がないのなら、

アルベルトほど一途に真摯に恋してくれるαは他にはいない。

 

つがいだった亡きユーリスを除いては。


「……どうしよう」


たとえそうだとしても、どうなるものでもないことを知りながら、

サリオンは声に出す。

前屈みになり、咎人とがびとのように両手で顔を覆っていた。

左の胸が激しく轟き、掌が熱を帯び始める。


どうしたらいいのか、わからない。

だからレナから逃げたのだ。

サリオンは隠した顔を上げられず、頭を力なく左右に振る。


今夜もまた、自分のせいでアルベルトはレナと床入りしなかった。

アルベルトもレナと世継ぎを作るつもりでいたという、千載一遇の貴重な機会を

レナから奪ってしまったのだ。

申し訳ない。

すまなかったと思うのに、自責の念が言葉の形をさずにいる。

喉元でつかえたまま、思いは行き場を失くしている。

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