第五十話
客が男娼と寝たければ寝ればいい。
その気にならなかったというのなら、寝ずに帰ればいいだけの話にすぎない。
床入りしないで帰った時でも、
レナに恥をかかせないよう気遣ってくれていたのなら、
側付きとして礼を述べたら会話は終わる。
それで終わらせれば良かった話を、自分が不用意にごじらせた。
アルベルトも渋面を浮かべて黙り込んだが、
サリオンも自分に歯噛みする。
むず痒いような沈黙が尾を引く中で、
そわそわしながら互いに視線を逸らし合う。
早くレナの所に戻れと言ったはずだったのに、
これでは自分が引き止めてしまっているかのようだった。
「さっきは……あれだ。ずっとお前につれなくされて。……腹が立っていたからだ。お前を妬かせてみたくて思わず……、レナを利用した」
「アルベルト!」
饗宴の間でレナを愛撫し、見せつけた意図を白状され、
一気にサリオンは気色ばむ。
その挑発に乗せられて、まんまとむくれた自覚がある。
だからこその腹立たしさと気恥しさが入り混じり、
咄嗟に言葉が出てこない。
怒りたいのに何をどうなじればいいのかわからずに、唇だけを喘がせた。
「すまない、サリオン。俺が悪い」
サリオンが語気を荒げると、アルベルトは一歩退いた。
剣を喉に突きつけられた兵卒のように瞠目した。
「あれは謝る。卑怯だった。レナにもお前にも礼を失した行為だった」
しどろもどろになって言い、
両手を頭の上まで掲げて『降参』の意を示している。
ローマ帝国に匹敵する大国の皇帝だという地位もαの特権も、
かなぐり捨てた生身の男が、そこにいた。
こうして彼は簡単に、それらを自分ではぐってみせる。
今ここで、そんなものなど介入させたくないかのように放り出す。
気持ちの上ではアルベルトは、王族の証のトガも脱いで丸めて床に捨て、
腰に下げた長剣も鞘ごと足元に投げつける。
丸腰で挑みかかって来る。
サリオンは被ったはずの廻しの仮面も、
むしり取られてしまいかねない脅威を感じて口を噤み、
俯くことしかできずにいた。
それでいて、アルベルトの一挙手一投足を目で追う別の自分がいる。
恐ろしいに目を奪われて囚われる。
心をかき乱されていた。
「ただ、レナの居室に移った時は、今夜限りで本当に、お前のことは忘れようと思っていた。本気で諦めるつもりでいた」
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