第四十話


「恐れ入りますが、ダビデ提督。オリバーの支度が済むまで少々お時間を頂けませんでしょうか。饗宴の間にご案内致します」


大人しくなったダビデをあやすように微笑みかけた時だった。

ダビデの猛禽類のような手で二の腕を掴み上げられ、顔をしかめる。


「……なるほど。代わりの男の支度が済むまで、廻しのお前が私の相手を務めると言うのだな?」


サリオンを見据えるダビデの双眸がすがめられ、昏い光を放っている。

そのままサリオンを引きずるように歩き始めたダビデを咄嗟に見上げると、

たちの悪い悪戯を思いついたかのように、

歪んだ笑みを浮かべていた。


「提督……っ」

「まだ続いている饗宴の間に案内しろ。客の前でお前を犯して悦ばせてやる。それも余興だ。客もきっと喜ぶぞ」


ダビデは鼻で笑ってうそぶいた。

大階段をずかずか下り切り、モザイクタイルが敷き詰められた吹き抜けのロビーをサンダルの踵で蹴るようにして歩くダビデのサンダルの音だけが、

サリオンの頭の中で反響した。


ダビデの発言の意味することを、

居合わせた館の主人も下男達も確かに聞いたはずなのに、

誰も何も反論しようとしなかった。

引き止める声すら聞こえない。

サリオンは焦って肩越しに振り向いた。


彼等は一様に唖然としていた。

ぽかんと口を開けてはいるが、ダビデがこれから実行しようとしている暴挙を

非難しようという意思が、誰の顔にも見られない。

この館の主人まで、奴隷の廻しを生贄にすれば事が済むというのなら、

それでいいとでも言いたげに、安堵の笑みまで浮かべている。


「お離し下さい! 公娼では男娼以外と関係を持ってはならない戒律がございます! ご存知のはずじゃないですか!」


サリオンは金切り声を張り上げた。

腕を掴んだダビデの手を、渾身の力で振り払おうともがいたが、

ダビデの足取りはビクともしない。


玄関前のロビーを横切り、四方に伸びる廊下の中から

ひとつを選んで直進する。

ダビデは間違いなく饗宴の間が設えられた南館に向かっていた。

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