第四十一話


ダビデは本気だ。


他の客の宴席の間に乱入し、余興と称して本気で自分を客や楽士や曲芸師、

客にはべる男娼への見世物として強姦しようとしていると、

察した途端に血の気が引いた。

視界が急に霞んだように白くなり、手足に力が入らない。


αやβを発情させるフェロモンの抑制剤を服用しているΩの自分に、

ダビデはそそられたりなど、していない。

売り物ではない廻しのΩを犯して嬲ってやることで、

自分は公娼での禁忌も打破できる優越感が得たいのだ。


慌てて追従してきた護衛兵もダビデを手燭で先導し、

前後左右を警護するだけ。

見世物として犯されようとしている奴隷のΩを誰も見ない。

意に介さない。

 

薄暗い廊下を一団となって邁進しながら、

ダビデだけが異様に血走らせた目を向けてきた。

ほとんど意識を失いかけ、木偶でくのようになっている、

獲物を見る目は人間ではない。猛獣だ。


それぞれの饗宴の間の重厚な両開きの扉が、

廊下の片側に並ぶ一角に近づくにつれ、

公衆の面前で裸に剥かれ、

犯されながら嘲笑される自分の姿が脳裏にまざまざと描き出され、

膝から下の力がほとんど抜けていた。


そんな恥辱に最後まで耐えられるとは思えない。

それこそ亡きユーリスにも、顔向けできなくなってしまう。


サリオンは遠退く意識の片隅で死を覚悟した。

 

隙を見て、ダビデの腰の鞘に収められた長剣を奪い取り、自らの喉を突く。

そうして愛するつがいの元へ逝く。


ユーリスには今わのきわで、生きろと言われた。

彼は両手を縄で縛られて、馬に繋がれ、ぼろ雑巾のようになるまで

引き回されても自分のつがいを案じ続けた。

王族の誇りを手離さなかった。


サリオンは帝国の軍人に拘束され、死にゆく番を看取らされ、

軍人達の笑い声を聞かされ続けた。

それでもユーリスはサリオンだけを見つめて叫んだ。

何があっても、決して自分で命を絶つな。私の仇を討とうとするな。

神がお前を召されるまで生きて、生きて、生き抜けと、告げられた。


それを遺言として胸に抱き、その言葉だけをよすがにしながら生きてきた。

けれども惰弱だじゃくな自分には、

ユーリスの真心そのものの遺言も、果たせそうにないらしい。

自身の最期の身の処し方を決断し、

腹をくくったサリオンが漫然と前を向いたその先に、

長身の男が黒影となって立っていた。


貫頭衣かんとういの上に右肩から左脇にかけて、

何層もの優雅なドレープを描くトガをまとう男だった。


彼は饗宴の間がある南館に続いている廊下の中央で立ち塞がり、

鞘から抜いた長剣を下げている。

廊下の漆喰壁に取りつけられた青銅製の燭台の、真紅のほむらの揺らめきが、

鏡面のように映り込み、長剣を不気味に閃かせていた。

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