第三十五話


パトリックは物腰が柔らかく、清楚な美貌で人気を博す一方で、

人見知りしやすい性格だ。

臆病で警戒心が強いとも言える。

 

対照的にオリバーは目鼻立ちがはっきりしていて、

一輪の真紅のバラのように華がある。その分、押しが強くて野心家だ。

貴族よりも王族のαや、戦で名を馳せた著名な軍人や将校を、

好んで客に取りたがる。虚栄心も旺盛だ。


「どうかされたんですか? そんなに慌てて」


二階での騒動はまだ表玄関まで伝わってきていないのか、

見番役の中年男は呑気な口調で問いかける。


「実は、今夜ダビデ提督の相方として買われた寝所持ちのミハエル様が、提督をフッてしまわれたようで……」

「えっ? あのダビデ提督を?」

「二階では提督がミハエル様を呼び戻すよう、憤慨なさっていらっしゃるんです」


サリオンは困ったものだと言外に顔に出し、眉尻を下げて嘆息した。

だが、嘆いていても仕方がない。

絶句する見番役に礼を述べ、サリオンは慌ただしくきびすを返した。


「それで、どうなさるおつもりなんですか!」

「代わりにオリバー様に相方を務めて頂けないか、交渉します。提督も同じ値段で格上の昼三ひるさん男娼が買えるなら、怒りを鎮めて下さるかもしれません」


片側は中庭に面した列柱廊を駆け出しつつ、

サリオンは肩越しに返事をした。


是が非でもミハエルを見つけ出し、無理やり居室に戻しても、

怒り狂った提督に何をされるかわからない。

かといって、大人しいパトリックを生贄いけにえのように遣わすのは、

あまりにも痛々しい。


その点、オリバーは猛々しい軍人だろうと臆することなく相手をする。

皇帝の従弟で、勇猛果敢な軍人としての評価は高い提督だったらオリバーも、

喜んで承諾するはずだ。

また、それを了承させて揉め事を解消するのも『廻し』の役目の内だった。


燭台のロウソクの火で薄暗く照らされた、

寒々しい館内の長い廊下に革靴の音を反響させ、

サリオンはオリバーがいる居室まで、足を止めずに駆けつけた。

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