第三十六話


「いかがなされました? サリオン様」


ノックしたドアを開けたのは、オリバーの側付きだ。

面食らった様子の彼に事情を話し、密かにチップを渡してやると、

居間にいるオリバーに取りつがれた。

下男に渡したチップの効果もあったのか、すぐに入室の許可が下りた。


「おくつろぎのところ、お邪魔致しまして申し訳ございません。オリバー様」


居間のソファでくつろぐオリバーに一礼して部屋に入り、

彼の足元にひざまずく。

その頃にはサリオンの汗濡れた貫頭衣かんとういが、

背中にぺったりと貼りついて、

こめかみからは雫のように汗の粒が滴った。


「……話は聞いたよ。一応ね」

 

しどけなく長椅子に寝そべって、ワイングラスを片手にしたまま、

オリバーが冷然とした声で言う。

気の強そうな眉は剣呑にひそめられ、

アイラインで囲ったようにくっきりとした双眸で、

サリオンを邪険に跳ねのけた。


「提督の、たってのお望みではべらせて頂けるのなら、喜んで受けるけれど。格下の寝所持ちに逃げられたから行くだなんて、僕は御免だ。仕方がないからお前でいいやと、言われたようなものじゃないか」

 

オリバーは顎をつんと反らしてごね始めた。

しかし、それもサリオンには想定内の反応だ。


オリバーにも自分は最高位の昼三ひるさんだという自負がある。

最初から指名を受けてもいない客の所に、足を運べと言われるのは、

屈辱的に感じるだろう。

しかも今まで一度もオリバーは、提督に指名されたことがない。

それなのに、こんな時だけ呼び出されるのは、

不愉快だという気分になるのは当然だ。


ただし、それだけに今ここで面通しができるなら、

提督に自分の存在を知らしめる絶好の機会になり得ると、

オリバー自身も計算しているはずだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る