第三十四話


騒ぎが続く二階へ上がる大階段に足をかけていたのだが、

身を翻して言い放つ。と同時に、幼い下男のΩには、


「俺が二階へ行って、提督と交渉すると言っていたと、館のあるじに伝えてくれ」

「サリオン様」

「いいな? わかったな?」


二階からは相変わらず、提督を宥めすかす館の者達の声がする。

それでも悲鳴やガラスが割れるような喧騒は治まらない。

サリオンは二階へ赴く前に、一階の表玄関まで長い廊下を走り抜けた。


公娼を訪れた客は表玄関を入った後、

中庭に面した列柱廊の右側に、

しつらえられた控えの間にいる男娼達を物色し、

その日の相方あいかたを指名する。

 

控えの間として用いられている広間の小窓越しに中を覗き、

好みの男娼を選ぶのだが、

控えの間には客がついていない男娼も、床入りを済ませて客を送り出した男娼も、

営業終了の午前二時の大引おおびけになるまでは何度でも、

この控えの間に戻らなくてはならない規律だ。


今夜のレナのように太客ふときゃくに、一晩買い占められでもしない限り、

大引けになるまで男娼は、指名を受ければ一晩に何人でも客を取る。


控えの間には、そういった客待ちの男娼が、

ひと塊に集められる。

控えの間の出入り口には中にいる男娼と、客との顔繋ぎをする見番けんばん役が立っている。

その見番役の所まで来てサリオンは、詰め寄るようにまくし立てた。


「今の時点で客がまだ付いていないか、帰った昼三ひるさんは誰かいますか?」

「昼三ですか? 少しお待ち頂けますか?」


壮年の見番は腰高のテーブルに置かれた台帳をめくり出す。


最高位の昼三だけは客がついていなくても、

大引けの時間まで自分の居室で自由にしていることが許される。

格下の男娼と同じように、控えの間に陳列されることはない。

 

ただし、その日の何時にどういった客がついたかという記録は随時、

表玄関の見番役の台帳に記される。


「今でしたら、パトリック様とオリバー様には御指名はありません」

「パトリック様とオリバー様か……」


サリオンは眉間の皺を深くした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る