第二十六話


本館二階の角部屋にあるレナの居室の前に着いた時には、

サリオンの肩も首も岩のように固まって、ずしりと身体が重かった。

ドアをノックする前に、胸一杯に息を吸い込み、ゆっくり息を吐き出した。


「レナ様、失礼致します」

 

大きく息を吐き切って、サリオンはドアをノックした。


「陛下は今夜の宴席を取り止めになられました。急ぎ、ご案内申し上げた次第でございます」

 

凛とした声を廊下に響かせた、その直後、

ドアの向こう側から慌ただしい足音が迫って来た。


程なく内側からドアが開かれ、

レナの着替えの手伝いをしていたらしい幼い下男が、

皇帝アルベルトを目前にして硬直した。

それはアルベルトへに対する人々の、本来あるべき反応だ。

膝丈の貫頭衣を着た下男の男児の背後にレナも見える。


「陛下!」


レナは持っていた青銅製の手鏡をコンソールテーブルに伏せて置き、

歓喜の声を張り上げた。

着替えも化粧直しも、既に済ませていたのだろう。

饗宴の間に戻る前に、最後に鏡で確認していたようだった。


貫頭衣かんとういは肌が透けて見える薄絹で、

襟回りや腰帯にも、金糸や銀糸で繊細な刺繍がほどこされていて華やかだ。

丈の短い裾から伸びた色白のすらりとした長い足は、

清潔な色香を醸している。


煌めくような金髪に卵型の小さな顔。

思いがけなく早く来室をした皇帝を迎えたレナは、

くすみのない乳白色の頬を薔薇色に染め上げ、

瞳も熱い情欲に潤んでいる。


ただ今夜、饗宴の間に行く前に、

サリオンがレナにしてやった化粧が少し変わっていた。


薄桃色の口紅が真紅に変えられ、香油も塗られ、扇情的に光っている。

耳飾りも指輪もレナが好むダイヤモンドだ。

レナが意図して変えたかどうかはわからなかったが、

サリオンはレナに対して訳もなく無性に苛立った。


アルベルトの劣情をさらに煽って絡み取り、

ベッドの中まで引きずり込もうとするような、明白すぎる策略が、

妙に癇に障るのだ。

それがレナの素直さであり、

その素直さこそが美点なのだとわかっているのに、胸の中がざわついた。

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