第二十二話

 

どうせレナの媚態を褒めそやし、対抗心を煽ろうとしたに違いない。

それならそれで思惑通りに拗ねてやれば、

この場は丸く収まった。


それもある意味『もてなし』なのかもしれないが、

サリオンは、わざと反応しなかった。

望む反応を与えずに、あえて肩すかしを食らわして、

客としてのアルベルトの欲求を完全には満たさない。

寸でのところで『お預け』させて飢えさせて、また『次』の来館に繋げなければ、

儲からない。


それは、クルム国での男娼時代に培った駆け引きだ。


サリオンはアルベルトに酌をしていた下男から、

ワインが入った水差しを代わりに受け取り、微笑みながら問い質す。


「では、陛下。主菜をお持ちしても宜しいでしょうか?」

 

酌をするため、肘掛け椅子に近づいた。


「……いや、今夜の晩餐は終了だ。用意させた主菜も菓子も、館の者達で分けて食え」


盛大に溜息をひとつ吐き、アルベルトは肘掛け椅子から立ち上がる。

間近で見ると、思わず尻込みするような、

逞しい体躯と優れた長身のアルベルトだ。

水差しを抱えたサリオンは、見上げて思わず息を呑む。


この男に圧倒されるのは、完璧な肉体と美貌の持ち主だからだけではない。

アルベルトの一挙手一投足が風を起こし、周囲の者を揺り動かし、

足元をすくう力を持っている。

サリオンは大理石の床に足を踏ん張り、負けじと奥歯を食いしばる。


「ですが、陛下。まだ前菜しかお持ち致しておりません」

「食う気が失せた。このままレナの居室に行くから案内しろ。別に俺が食わなくても、金さえ払えば問題はないだろう?」


横目でサリオンを睨みつけ、傲然として語尾を上げた。

まるで子供だ。不貞腐れたような言い方だ。


確かに公娼としては金さえ払ってくれるのなら、

客が主菜を食べようが残そうが構わない。

サリオンは水差しを円卓に置き、恭しく一礼した。


「畏まりました。では、レナ様の御部屋に御案内致します」


水差しを手燭に持ち換えて、窓辺の楽士にも目配せした。

途端に竪琴の音がぴたりと止み、

期待の圧を跳ね除けた達成感と、アルベルトへの罪の意識が胸の奥で入り混じる。

 

通常ならば、主菜の後に果物や菓子が運ばれる。

饗宴の間で食事と酒を優雅に楽しみ、

客と男娼は戯れながら徐々に身体と気持ちの距離を近め、『その気』になって

床につく。


しかし、アルベルトは椅子の前で憤然として動かない。


向かい合ったサリオンに射るような鋭い視線を浴びせかけ、

黙り込んでいるだけだ。

美しい男娼が待つベッドへと、一刻も早く連れて行くよう急かす男の顔ではない。


それでもサリオンは気づいていない振りをした。

何も考えないよう、『奴隷』に徹した。

主人に命令されるまま、手足を動かす生きた道具だ。


アルベルトがもう料理も酒もいらないと言うのなら、厨房にはそう伝えるだけ。

このままレナの居室に行きたいと言うのなら案内する。

アルベルトがどうして急に機嫌を損ね、

当て擦るように途中で酒宴を止めさせたのかは考えない。

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