第二十一話


「陛下にお手数をおかけ致しましたこと、心よりお詫び致します。誠に申し訳ございませんでした」


アルベルトに指摘されるまでもなく、本来なら主菜の用意をさせる前に、

下男を数名集めて待機をさせる。

しばらく時間を置いた後、再度ドアをノックして、料理を運んでいいかどうかを確認するのが筋だった。

 

いいと言われれば下男とともに入室し、

ぬるま湯を張った銀の鉢と麻布で、客と男娼の汚れた身体を拭き清める。

長椅子の敷布を取り換えさせ、

レナには自分が付き添って衣を改めさせたら、饗宴の間に戻させる。


そうして宴席の続きを始める準備を全て整え、主菜を運ばせるよう、

厨房にも伝達する。

それらの段取りを一貫して取りつける。

饗宴の間での酒宴から、客と男娼の床入りまでの流れを円滑に廻すこと。

それもサリオンがこの公娼で担っている、『廻し』の仕事のひとつでもある。


それらの手順を滞りなく進めることができなかった。

弁解の余地もない失態だ。

サリオンは忸怩じくじたる思いで謝罪した。


そして、どうしてそこまで混乱したのか、

アルベルトには全部見透かされてしまっている。

それが何より悔しくて、下げた頭を上げられずにいた。


「レナは自分の欲望に忠実だ」

 

項垂れたまま唇を引き結んでいたサリオンに、

アルベルトは独白でもするかのようにぽつりと呟く。


「手だけでいじっただけなのに、あれほど淫らに乱れてたかぶる。して欲しがって縋ってくる。何よりレナは声がいい。高くかすれたあの声でたない男はいないだろう」


正面の肘掛け椅子に深く座り、含み笑ったアルベルトに、

思わずサリオンは目を上げる。

レナの気持ちを知りながら、身体も心も弄ぶ不埒な男に眦を吊り上げる。

にもかかわらず、アルベルトはワイングラスを漫然と揺らし、

レナの痴態を脳裏に描いているように、薄い笑いを浮かべている。


「かといって、すぐに達してしまわずに、存分に男を楽しませる。嬲るだけ嬲らせるすべも備えている。しかも達する時のあの瞬間のあの顔は、ぞっとするほど美しい」


喉の奥でクッと笑い、椅子の側の円卓にグラスを置いた。

グラスが立てたカツンという、硬質なが静まり返った広間に響いた。

サリオンは、竪琴を抱える窓辺の楽士に目顔で爪弾くように合図した。

饗宴の間とは思えない無音の圧を、静寂を、

竪琴の音で和らげたかった。すぐにでも。


「それは良うございました」

 

身体を起こしたサリオンは朗々として述べたあと、

絵に描いたような接客用の微笑みを貼りつける。


公娼としてはレナは看板商品だ。

その商品を買った客が満足したと感想を告げている。

それに対して売る側が返すべき模範解答だ。

楽士が奏でる竪琴の華やかで軽やかな旋律が、

二人の間に横たわる白々とした沈黙を、むしろ強調した。


「……強情な奴め」


アルベルトは憤然として肘掛け椅子に座り直し、

背もたれに身体を預けて嘆息した。

たった今、気に入りの男娼と戯れて、

満足したと言ったばかりの男の顔とは思えない。


すぐに気持ちを立て直し、廻しの仮面を装着したサリオンに、

小声で不満を打ち明ける。

サリオンはアルベルトの矢のような挑発を、

今度こそ上手くかわした手ごたえを得られた気がして、ほっとした。

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