第二十話

 

貫頭衣かんとういの上に、肩から右脇にかけて、

何層にもたるみを持たせた絹のトガをまとった男盛りの皇帝が、

暖炉の前の肘掛け椅子に腰をかけ、頬杖ついて笑んでいる。

 

仕掛けた悪戯が上手くいった直後のような少年めいた微笑みだ。

サリオンは、ぽかんとしたまま部屋の中を見回した。


数名の下男が広間を行き来して、前菜が並べられたテーブルを脇に避けたり、

長椅子の敷布を取り換えるなどしているが、レナの姿が見られない。


「恐れ入ります。陛下、レナ様は」

「主菜の前に着替えがしたいと言うからな。他の下男に付き添わせて、ついさっき居室に戻らせた」


焦るサリオンとは裏腹に、

アルベルトは悠然と手にしたグラスを傾けて、ワインで喉を潤した。

空になったグラスを下ろすと、

椅子の側に佇む下男が水差しで、すかさずワインを注ぎ足した。


「でしたら、私もレナ様の……」

 

レナの着替えの手伝いは、レナ専属の側付きでもある自分の役目だ。

他の下男に付き添わせたと言われても、それは自分の仕事だと、

身を翻したサリオンをアルベルトが呼び止める。


「衣だけ着替えたら、すぐに戻ると言っていた。わざわざ、お前が行くような手間ではない」

「……ですが」

「それより主菜の支度をさせる間に、部屋の中を整える下男をお前が寄越すだろうと思っていたのに、いつまで経っても現れない。仕方がないから楽士に命じて呼び寄せた。よく気が回るお前にしては珍しい」


アルベルトはサリオンを上目使いに凝視したまま、

ワイングラスを口許に近づける。


そうこうしている間にも、長椅子の汚れた敷布を丸めて部屋を出て行く者。

真新しい敷布を長椅子に、皺ひとつなく広げる者。

長椅子の前にテーブルを戻す者。

青臭い精液と汗の匂いを消すために、銀の香炉を盆に乗せ、

薄煙をたなびかせながら広間を歩いて回る者などが、

束の間の情事の痕跡を、綺麗に消し去り、広間を粛々と出て行った。

 

それは二人の様子を確かめた後、二人が房事を済ませていれば、

下男の彼等にサリオン自身が指示しなければならないはずの『処理』だった。

最後の一人が広間に向かって一礼し、両開きのドアを閉じて去ると、

慌ただしかった室内に張りつめた静寂が戻ってきた。

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