第二章 死が二人を分かつとも

第一話


もともと、サリオンはアルベルトを本気にしていない。


娼館で客を取る者が客を『客』としか見ないように、

娼館でΩを買う者もΩを『物』としか見ていない。

金で買える『物』なのだから当然だ。


アルベルトが売り物でもない下男の自分に執着するのは、

金を出しても手に入らない『物』だからなのだろう。


公娼では、下働きと客が寝るのは固く禁じられている。

 

たとえ相手が皇帝だろうと、豪商がどれほど金を積もうとも、

客を取る男娼以外は『売り物』ではないからだ。

サリオンとレナの故郷のクルム国では、格式の高い娼館ほど、

他にもたくさんの制約が存在した。

 

客が下働きに手を出すことも禁忌とされ、高級男娼の面子を立てる習わしも、

そのうちのひとつにすぎない。


サリオンもレナも、テオクウィントス帝国の娼館では、

そんなしきたりが一切ないと知った時には驚いた。


テオクウィントスでは娼館に限らず、

上流階層の館で、毎晩のように催されている饗宴の、

給仕をしているΩ性の下男でも、

有無を言わさず夜伽よとぎを命じることができる。


彼等は全員奴隷であり、その館の主人の『持ち物』だとしか見なされない。

だから、テオクウィントス帝国では娼館だろうと、宮殿の後宮だろうと、

階層が上の人間は、下の人間を思い通りにできるのだ。


しかし、クルム国の格式高い娼館は、

娼館の主人や男娼が、迎える客の上に立つ。


しきたりを守らない客は二度と館に上がらせない。

そうして敷居の高さを娼館の付加価値にする。

付加価値がつけば、当然その娼館の男娼も値が張る仕組みが出来上がる。


テオクウィントス帝国の風俗にはないクルム特有の形式に、

アルベルトは新鮮な興奮を得たらしい。

クルム国を制圧したのち、クルムの娼館から高級男娼を故郷に大量に連れ帰り、今、サリオンとレナがいる公娼を新設して住まわせた。

 

この上流階層御用達の公娼は、

そんなクルム国の『しきたり』を忠実に再現している。

テオクウィントス帝国では唯一、

異国の文化と風習も楽しめる『娯楽施設』だ。


望めば何でも手に入る皇帝が、

この公娼では最下層階級のΩの下男にだけは、手が出せない。

その不条理と葛藤に伴うもどかしさ。

そんなものを初めて味わう感覚として興じているのだ。

子供のように。


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