第二十四話 絶対になびかない

レナは自分専用の居室に入るなり、

吹き抜けの中庭に面した窓辺近くの長椅子に座り込む。

肘かけに両手を重ね合わせ、額を押しつけ、しどけなく身を横たえて嘆息した。


「レナ。髪を乾かせって言ってるだろう」


レナは裏口から戻った後も、肘かけに乗せた腕の間に額を伏せてしまっている。

サリオンは友人として語気を強めて叱責した。


人前ではそれぞれ立場をわきまえて、レナにも敬語を使っている。

それでも二人きりになればなったで、自分の方が兄であり、レナの方が弟に近い。

レナも公の場では幼馴染みを目下に遇して威厳を保っているものの、

二人きりでいる時は、寂しがり屋で甘えたがりの友人として接してくれる。

 

立場に違いが生じても、態度を変えたりしなかったレナは、

心を許せる唯一の友人でもあり、同輩でもある。


サリオンはレナの傍らにひざまずき、麻布で濡れた髪を拭いてやり、

開け放された窓を閉める。

レナの肩が少し冷えていたからだ。

館内は床下に張り巡らされた配管に熱蒸気が通されて、

気温が下がる夜でも快適に過ごせるのだが、

レナに風邪でも引かせたら大事おおごとだ。


サリオンは『廻し』としての仕事の他に、レナ専属の世話役も兼ねている。

そうした立場の格差に対して鬱積うっせきを感じたことは一度もない。

むしろ、どこの誰とも知れないやからに任せるよりは、

レナのことなら誰よりも良く知る自分が専属になることが出来て、

良かったとすら思っている。


「何か飲むか? 温かい物よりワインの方が良かったら用意するし、何か口にしたければ、厨房に行って用意させるが、どうする? レナ」

「何もいらない。欲しくない」

「レナ」

 

長椅子の肘掛けに顔を伏せて動かないレナの頭に手を乗せた。


「俺は、アルベルトの皇妃にも側室にも絶対ならない」


確固とした口調で告げた刹那、レナが体を強ばらせた。

レナのその緊張の意味と動揺が、掌からサリオンに伝わった。

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