第二十三話 生じる格差


「……アルベルト皇帝に馬車に乗せてもらったの?」


レナは確信めいた声音で訊ねつつ、濡れた髪を麻布でしきりに拭いている。

押し隠そうとしていても、

どこか拗ねたような、いじけたような言い方だ。


「サリオンは館の狭い内湯が嫌いだから、毎日公用浴場に行ってるけど。帰り道で会ったとか?」

「いや、俺はその後いつもの食堂で飯食ってたんだけど。アルベルトが急に来て……」

「いつものって、まさかあの貧民窟の?」

 

驚愕して顔を上げたレナから今度はサリオンが目を逸らし、

逡巡しながら小声で答える。


「……うん」

「そう」

 

力なく呟いて、そのままレナは黙り込む。

上目使いに盗み見ると、可憐な美貌に狼狽の色が浮かんでいた。


「それで大騒ぎになっちゃって。俺が帰るって言ったら、アルベルトが馬車で送るって言い出して」

「奴隷は馬車には乗れないのに?」

「それは……、そうだけど。俺もどさくさに紛れて何をされるか、わからなかったし、恐かったし……。仕方がないから、送ってもらった。それだけだ」

「それだけだ……って。あんな汚い裏路地でも、サリオンがいるから行ったんだよね? ずっと前から陛下はサリオンがよく行く店で自分も食事をしてみたいって、おっしゃってたから。そうだよね?」

「そうじゃなくて……。俺の話で貧民窟に、興味が湧いただけだったんだろ。贅沢に飽きた皇帝陛下の遊びだよ」


詰問口調のレナの言葉が棘のようにチクチクと胸を刺す。

それでもレナには、ありのままを話したい。

嘘をつくのは嫌だった。

どんなに宥めすかしても、

しょげ返ったままの背中にサリオンは優しく手を添えた。


「とにかく、そんな濡れた髪で玄関先に立ってたら身体が冷えるだろ。部屋に戻れよ。寝つけないなら温かい飲み物でも用意する」

 

浮かない顔のレナの背中を押すようにして促した。

レナだけでなく、高級男娼の身の回りの世話をしたり機嫌を取るのも、

公娼奴隷の『廻し』の仕事の内でもある。

けれどもレナには仕事でしているつもりはない。

館の二階の突き当りに居室を持つレナに付き添い、部屋のドアを開けてやる。


自分も故郷のクルムで高級男娼として売られていた頃、

自分も世話係の下男にさせていたことを、ここではレナにするのが役目だ。


テオクウィントス帝国に侵略されたクルム国で捕虜となり、

この公娼に強制連行されてきた同じ奴隷のΩでも、

子供が産めるだけでなく、若さと美貌を兼ね備えた最上級の男娼だ。

片や自分は子供が産めない役立たずのΩにすぎない。

ここでの立場や扱いは、天と地ほどの差があった。

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