第二十話 また今夜

 

公娼が帝国の市街地に新設され、アルベルトも通うようになってから、

顔を出さなかった日はないと言っても過言ではない。


宮殿の後宮ハーレムの女官は亡くなってしまったが、

Ω性の美少年や美青年達がアルベルトを筆頭に、

王侯貴族の寵を得ようと着飾って、毎夜待ちわびているはずだ。

 

宮殿の後宮に足を向ければ、

公娼で金など出さずに好きなだけ皇太子作りに専念できる。

それなのに、どうしてわざわざそこまでと、サリオンが呆れ顔で目を見張るなり、アルベルトは憂いを帯びて沈んだ顔を、心持ち和らげた。


「俺がお前に会える場所は、ここしかない」


切なげに双眸を細め、掲げたサリオンの指先に口づける。

離された唇が微かに立てた濡れた音がサリオンの鼓膜を微かに震わせ、

不覚にも胸がときめいた。


「また今夜、会いに来る」


アルベルトはサリオンの頬にもキスを落とし、トガの裾を翻しながら踵を返した。尽きない未練を断ち切るような広い背中だ。


アルベルトが馬車に戻った時には、御者が扉を開けて頭を下げ、

皇帝の乗車を待ち受ける。

アルベルトは振り返らずに馬車に乗り込み、御者が静かに扉を閉めた。

そして、素早く御者台に戻った彼が二頭引きの馬の手綱を強く引いて声を張り、

程なく馬車を走らせる。


アルベルトは馬車の窓から裏口に佇むサリオンに、

物言いたげな眼差しを寄越したが、

サリオンは見せつけるようにキスされた頬を手の甲で、

ぐいと拭って顔を歪める。


妙な空気に流された自分が自分で忌々しかった。

あの男が持つ存在感に圧倒され、

気づいた時にはアルベルトに頭から呑み込まれそうになりかける。

 

だからこそ、もっと自分を戒めなければならないと、

固く唇を引き結び、アルベルトの視線を跳ねのける。


目が合ったのは一瞬で、

頬を拭った自分に対してアルベルトが見せた表情までは、わからない。

皇帝を乗せた馬車と護衛の馬は車輪とひずめの音をさせながら、

すぐに視界から遠のいた。


サリオンも館の自分の部屋に戻り、

昼営業の支度が始まる朝の八時まで仮眠を取るべく、

裏口に足を向けかけた。

と、その時、裏口のドアを押し開けて、館の中から華奢で小柄な少年が現れる。


「レナ?」

 

サリオンは遠目に見ても品良く優美な少年に、

驚きの声を上げつつ駆け寄った。

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