第十八話 いびつな街で


「……わかったよ」

「サリオン」

「こんな騒ぎになった後の一人歩きは俺も恐い」


悔しげに項垂れたサリオンの肩を今度はそっと抱き寄せて、

アルベルトは厳粛な面持ちで歩き出す。

サリオンも、促されるまま表通りに足を向けた。

アルベルトに借りを作るようで不本意だったが、仕方がない。


表通りの路肩に停められた馬車に、

アルベルトと護衛の兵士二人と四人で乗り込んで、

アルベルトの斜向かいに腰かけた。

絹の布張りの椅子といい、窓枠にほどこされた金箔の装飾といい、

ただの金持ちのβやαが乗る馬車とは、やはり一線を隔している。


そして、他の数名の兵士等が騎馬で馬車の前後左右を固めている。


表通りの路地とはいえ、所詮は貧民窟の一角だ。

この仰々しい一行だけで狭い道は塞がれてしまい、

すれ違う街娼や酔っ払いはレンガ造りの家の壁に貼りついて、

馬車や馬を避けている。

 

ぎこちない沈黙に覆われた馬車の中、

サリオンは鉄の車輪が立てる音を聞くともなしに聞いていた。


市街地に近づくにつれ、崩壊寸前の高層集合住宅に占拠された景観は、

徐々に姿を変え始める。 

道幅もどんどん広くなる。

車道の左右には一段高い歩道も設けられる余裕がある。

 

歩道に面して外壁に囲われた一戸建ての邸宅が建ち並び、

家々の庭の豊かな樹木が月明かりに照らし出され、

歩道に葉陰を落としている。


平和で静かな夜の街だ。

サリオンは高価なガラスがめ込まれた窓の外を眺めて思う。


でこぼこした石畳みの狭い路地を昼夜を問わず人々が押し合い、圧し合いしている貧民窟は、この国の七割を占めている。

残りの三割の広大な敷地を、

上流階層の人間が独占しているいびつな街。

不条理な国の皇帝と、どうして自分は同じ馬車に乗り合わせ、

同じ景色を見ているのだろう。


市街地の小高い丘の上には、

竜の背のように延々と続く堅牢な城壁に囲まれた宮殿が、

そびえ建っている。

その宮殿の山裾に建てられた、真新しいレンガ造りの二階屋の公娼も、

同時に視界に入りつつある。


「……着いたな」

 

と、アルベルトは名残惜しげに呟いた。

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