第十七話 奴隷でいいのに

 

 生まれながらにローマ帝国に匹敵する、強大な帝国の頂点に立ち続けている男に対して、目下めしたの気持ちや立場も少しはおもんぱかれれと望むことは酷なのか。

 人生で一度も殴られたことがない者に、一方的に殴られ蹴られ、踏みにじられる苦しみと屈辱を想像しろと、言ったところで当然無理があるように。


 無理があるというのなら、サリオンはアルベルトからは離れたい。

 こんな風に無駄に恨みをかいたくない。


 子供を孕んで産むことができるオメガの若い男のように気色ばみ、何とかして王侯貴族や皇帝の愛人の椅子に収まって、贅沢がしたい、ちやほやされたいなどとも思っていない。


 自分はこの国の片隅で公館の奴隷としての奉仕をし、人知れず朽ち果てたいだけ。

 それなのに、どうしてその唯一の願いだけは叶えてくれないのだろうと、サリオンもまた、苛立った。


 皇帝と護衛兵の茶番のような応酬に白け切り、憮然としているサリオンに、不意にアルベルトが向き直り、肩に両手をかけてきた。


「すまなかった。俺の考えが浅かった。今夜はこのまま引き上げることにする。だが、お前を置いては帰れない。俺と一緒に馬車で帰れ。どうせ館は王宮の目の前だ。途中でお前を降ろしてやる」


 そっぽを向いたままだったサリオンは、宥めすかすように諭されて、アルベルトを横目でちらりと窺い見た。

 精悍な眉を悩ましげに曇らせて、亜麻色の澄んだ瞳に悔恨の念を滲ませながら迫ってくる。

 こういう時には己の権威を封印し、力でこちらを思い通りにしようとしないアルベルトに、

サリオンは、結局屈服せざるを得なくなる。


 そういう所も、この男は本当にたちが悪いと思ってしまう。

 憎らしいのに責め切れず、こちらが折れて諦めて、短く嘆息するしかない。


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