第十六話 奴隷のくせに


「そりゃあ、あんたはいつも暗殺や襲撃に合う心構えは、あるだろう。だけど、俺みたいに強請ゆすりや強姦や殴られる恐怖に四六時中晒されることはないからな。だから、こっちの身に降りかかる危険なんて頭にないから、こんな所に平気で顔を出しやがる」

「貴様……! 陛下に対して奴隷のくせに」

 

 声を荒げ、堪りかねたかのように若い護衛兵が一歩前に進み出た。

 顎を突き出し、食ってかかる血気盛んな兵士が目の前に迫っても、サリオンはせせら笑いを浮かべて答える。


「私はアルベルト皇帝の御望みとあれば、今すぐにでも口の利き方も改めさせて頂きます。隷属国クルムから連れて来られた奴隷として、しかるべき礼節をもって皇帝陛下にお仕え申し上げる所存にございます」

「待て、サリオン」


 兵士を挑発さえする二人の間にアルベルト自身が割り入った。

 そして、彼が声高に諌めたのは、奴隷のサリオンではなく、怒声を浴びせた若い兵士の方だった。


「サリオンに俺と対等に口を利くよう命令したのは、この俺だ。彼は、その俺の命に忠実に従ってくれている。それは、お前達も承知している話のはずだ。俺の預かり知らない所で万が一、制裁なんてしようものなら首が飛ぶのは、お前達だ」 


 アルベルトは鷲のように鋭い目つきで護衛兵を一喝した。

 サリオンに食ってかかった若い兵士は竦み上がって背後に退き、身体をふたつに折り曲げる。


「申し訳ございませんでした。出過ぎた真似を致しました、陛下」

「肝に銘じて下がっていろ」

 

 それでもアルベルトは憤懣やるかたないといった顔つきだ。

 けれど、頭を垂れた護衛の兵士に憎悪のこもった一瞥をくれられ、サリオンは腹の底から、うんざりした。


 護衛兵にしてみれば、奴隷のオメガに骨抜きにされ、機嫌取りばかりする君主が歯痒くいはずだ。

 彼等は自分の命を盾にして、皇帝アルベルトを守っている。

 それが彼等にとっての矜持きょうじの源。誇りでもある。


 それなのに、その皇帝が最下層階級のオメガの言いなりになっている。

 そんなアルベルトの言動の、ひとつひとつが彼等の誇りをどれほど傷つけ、悔しい思いをさせているのか、我が道を行く皇帝は、やはり思い至らない。


 だからサリオン自身も、もどかしくなる。やるせなくなる。


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