第十五話 踏み荒らす男


「……サリオン?」

「下手したらαやβの家の悪ガキが変装してお忍びで来たのかと、勘違いされててもおかしくない。皇帝アルベルトの知り合いだってバレたんだからな。さっきみたいな奴等は今度俺を見かけたら、それこそ群れになって襲ってくる。拉致して強請ろうとするはずだ。そうなったら誰が金を払うんだ? 俺はαの王侯貴族や軍人相手の公娼で、下働きしてるだけの奴隷なのに」


サリオンはアルベルトの絹のトガを握りしめ、今すぐここで解放しろと訴えた。


陽気で豪快なアルベルトは、市街地の食堂で食事を楽しむこともある。

庶民と同じテーブルにつき、団欒までする異色の皇帝としても知られている。


それでも護衛兵を伴っての話であり、食堂といってもβ階級の庶民が足を運ぶような『まとも』な店だ。

まさか貧民窟の裏路地に現れるとは考えもしなかったに違いない。

皇帝を目で追う彼等の顔は一様に凝り固まり、路地は奇妙な静けさに包まれた。


その驚きと好奇の眼差しは、皇帝に腰を抱かれて歩く自分にも突き刺さる。

サリオンは今ここでアルベルトから逃れられても、

どのみち、この貧民窟には二度と来られないなと諦観した。


「そうなのか……?」

「この国のΩは黒髪に黒い瞳と決まっている。金髪で碧の目をした俺なら痩せっぽちのチビだろうが、βに見えないこともない。Ωで若くて、こんな顔で貧民窟なんか歩いてたら、強姦してくって看板を首から下げて歩いてるようなもんだろうが」

「だからβの貧民層の振りをして?」

「ああ、そうだ」


サリオンは大きく頷き、不貞腐れる。

せっかく気に入りの店も何軒かあったのに、

こんな騒ぎになってしまった後では、さすがに足は向けられない。

この貧民窟は公娼からも程近く、

公共浴場に行った帰りに立ち寄るには丁度良かった。最適だった。

その、ささやかな憩いの場所まで荒らされて、

サリオンははらわたが煮えくり返るようだった。


「……そうだったのか」

 

サリオンの腰を抱いた腕の力を緩め、アルベルトが当惑したような顔になる。


「そこまで考えていなかった……」

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