第十三話 まさかの連発


「このまま帰るつもりなら、馬車で館まで送ってやる」

「えっ?」

 

 告げられるなり歩き出され、サリオンは前のめりにつんのめる。

 まさか最下層階級のオメガの自分を、皇帝の馬車に乗せると言うのか、この男はと、サリオンは目を剥いた。

 だが、そのを、易々とやってのけるということも、

もう嫌というほど知っている。


「だって俺は、馬車には乗れない身分の……」


 奴隷だと、口にしかけてサリオンは喉まで出かけた言葉を飲み込む。

 この国では奴隷のオメガは徒歩での移動しか許されない。

 馬車や馬はもちろんのこと、ロバにも乗ってはいけないと、国が法で定めている。

 それを皇帝自身が知らないはずはないのにと、引っ張られながら狼狽した。


「俺が乗れと言ったんだから、乗ればいい。それだけのことだ」

 

 肩越しに振り向いたアルベルトは、悪戯を楽しむ少年のように亜麻色の瞳を輝かせ、唇の端を引き上げる。


「それとも、別の店に行くつもりだったのか? それなら俺も付き合うぞ? お前がいつも行く店に俺も行ってみたかった」

「……帰る」

「帰るのか? どうしてだ。何でも奢ってやるのに」

 

 弾んだような声を出す男盛りの皇帝を、サリオンは無言で睨んだ。

 反発心を込めながら。

 公娼で下働きの廻しとして出会った時から何かにつけて、


『お前は、いつもどこで、どんな物を食べている?』

『お前の行きつけの店に行ってみたい』

『今度は俺も連れて行け』

 

 などと付きまとい、うるさく言っていたのだが、相手になんてしていない。

 ご冗談をおっしゃられては困ります等々、公娼内では最上級の上客にあたる皇帝に敬語を用いてうやまいながらも、笑顔であしらい続けてきた。


 その、のらりくらりとかわす態度に痺れを切らし、とうとう押しかけて来たらしい。


「こんな貧民窟の食堂に、あんたを連れて入れやしない。わかってるだろ。そんなこと」

「確かに来たのは初めてだが、皇帝が貧民窟に来てはならない法律はないだろう?それより、お前が贔屓にしている店の好物を俺にも食わせろ。食ってみたい」

「テオクウィントス帝国の皇帝が、お召し上がりになられている豪華な食事に比べたら、残飯のような物ですよ。私の日々の食事など、きっと匂いを嗅いだだけでアルベルト様は吐き気をもよおされてしまいます。ご健康を害されますよ」


 皮肉たっぷりに拒否しても、アルベルトは顎を高く突き上げて、嬉しげに短く笑い飛ばしただけだった。

 こうして話しているだけで満足だとでも言うように相好を崩している。


 表通りに向かいつつ肘を引いて抗ったのだが、今度は腰を抱き込まれる。

 見上げるような長身に、しっかり腰を抱かれてしまえば、大人の小脇に抱えられたも同然だ。


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