第十一話 やっぱり今夜はついてない


 案の定、歩き続けているうちに、殺気立った男の気配も遠のいた。

 だとしても、決して背中で『ほっとした』感を醸さない。サリオンは裏路地から表通りへ踏み出した。

 相手の男の視界から、こちらが完全に消えるまで隙は見せない。

 決して、だ。

 それが、この国の最下層階級として生き延びる術だった。


 サリオンは、あの面倒くさい『奴』のお蔭で食事を中断させられて、挙句に別の面倒くさい奴にまで絡まれかけたと憤慨する。

 やはり今夜はついていない。

 早目の帰宅を決意した。


 円形闘技場と同じく、として市街地に新たに建てられた、

 王侯貴族やベータの富裕層専用の煌びやかな公娼の屋根裏に、自分のようなオメガの下男が居住する部屋がある。

 

 客を取らないオメガの仕事は、高級男娼の身の回りの世話を始め、掃除や洗濯など、多岐に渡る。


 サリオンが寝起きするのは、わらを詰めたマットを敷いた木のベッドに、

木のテーブル。傾いたテーブルには水差しと、煤で汚れたランプだけ。

 粗末な部屋だが、何の不満も感じない。

 あの公娼で一人部屋が与えられていることは、下男といえども、それなりに働きが認められ、優遇されているからだ。


 公娼では、客を取る高級男娼以外は家畜と同じだ。

 下働きのほとんどが、土間にわらを敷いただけの大部屋で、雑魚寝をしている。それを思えば贅沢だ。


 子を孕めない無用の長物のオメガ性でありながら、最低限は人間の扱いを受けている。

 属国と化した故国クルムから奴隷として連れて来られ、公娼に買われたその後も、幸い衣食住には困らない。

 奴隷とはいえ、充分すぎると思っていたのに、それをあの『面倒くさい男』がと、皇帝アルベルトの不敵な笑みが脳裏をよぎる。


 すると、たった今、出てきた貧民窟の路地の方から、男の怯えた野太い悲鳴が轟いて、ぎょっとしてサリオンは振り返る。

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