第八話 思わせぶりな急接近

 

妊娠できないΩの自分は、

αやβを欲情させるフェロモンも、経口薬で抑制している。

となると、Ω特有のフェロモンに触発されたαが、

本能的にさかっているとは言い難い。

どう考えてもアルベルト皇帝の思わせぶりな急接近の真意が全くわからない。


未婚で子供のいないアルベルトは、

世継ぎとなるべく皇太子を産んでくれるΩの男が必要だ。

もっと言えば、子供が産めないΩ性の男とは性交しても時間の無駄だ。

そんな暇があるのなら、健康で子供が産めるΩを集めた公娼か後宮で、

世継ぎ作りに励めばいい。


にも関わらず皇帝は、こんな悪所にまで訪ねて来る。

追いかけ回して口説きたがる。

からかわれているだけなのか。訳がわからないと、サリオンは胸の中で毒を吐く。


そして、この貧民窟にもβ階級の貧民層を客にする娼館も点在している。

ほとんどが縦長の高層集合住宅で、入口も薄暗く、ドアもない。

吹き晒しの開口部から中に入れば、各階に上る木板の階段も急こう配で幅も狭い。あやまって踏み外し、

転落でもしようものなら、命を落としかねない階段だ。


最下層の男娼達は、そんな娼館の各階の独房のような細長い部屋で客を取る。

部屋といっても、出入り口は麻布で覆っただけだ。

ガラスは高級品であり、富裕層しか手に入らない。

 

窓は戸板で塞がれてしまい、昼間でもランプやロウソクが欠かせない。

もっともランプを点したところで、

壁や天井まですすで真っ黒だ。部屋が明るくなったりはしない。

獣油やロウソクを節約するため、煌々と部屋を照らしたりなどしないのだ。


貧民窟のΩ達は、そんな部屋の薄汚いベッドで昼夜構わず、

βの中でも下層の男に体を売る。

しかし、通常Ωは三週間に一週間しか発情しない。

αやβを誘引するフェロモンも、発情期の一週間しか発しない。


Ωの若い男娼は、経口薬のフェロモン誘発剤を一年中服用し、

体に負荷をかけてでも、βの男を欲情させるフェロモンを発し続ける。 

そして同時に、妊娠を避けるための避妊薬も服用する。


結果として、薬の副作用と多淫による無理がたたり、

貧民窟のΩ性の男娼達は短命だ。

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