第四話 奇病

 

 サリオンの正面に立つ老人は、貧民窟には場違いな容姿を誇る少年を、内心オメガ ではないのかと疑っている節がある。

 そんなをさらりとかわし、サリオンはワインの入った水差しを持ち上げる。 

 魅惑的な微笑みを口元にたたえたまま、その老人の空になったグラスにワインを注いでやり、自分の杯にも注ぎ足した。


「だけど、本当にアルベルト皇帝かダビデ提督か、どっちが早く子供ができるか賭けるってんなら賭けようか? もちろん俺はダビデ提督に賭けるけど」

 

 サリオンは話を『賭け』に戻して、うそぶいた。


 子供がいない皇帝も提督も、テオクウィントス国の数少ないオメガ性の青年や、

クルムのように侵略国から略奪してきたオメガの奴隷の美少年と、夜ごと世継ぎの子作りに励んでいる。

 そんな噂が酒の肴にされている。


 サリオンは皿に盛られた貝の蒸し煮を殻ごと摘み、楊枝で身をくりぬいて頬張った。


 テオクウィントス国のアルファ、ベータ、オメガの全階級の女性のみが患う流行り病で、この国の女性は一年足らずで死滅してしまったからだった。

 

 妊婦だった女性も感染すると胎児も感染。

 母体もろとも死亡した。

 皇帝や提督のように、アルファや上流階層のベータの跡取り息子が未婚の場合、

その家は直系存亡の危機に晒される未曾有みぞううの事態に陥った。


 常備軍が他国に攻め込み、領土を拡大するとともに属国となった異国の女を凌辱しても、妊娠どころか、テオクウィントス国に蔓延している流行り病と同じ症状を発症し、死亡してしまう有り様だ。


 もはや打つ手はないのかと、テオクウィントス帝国の上流階層は絶望の淵に立たされた。

 たとえ現存の男児や少年が成人しても、子孫を残すことができないのだ。


 この奇病とも言うべき流行り病の特効薬が見つからなければ、ローマ帝国に匹敵する国力を誇るテオクウィントス帝国の国民ですら、為す術もなく早晩死に絶えてしまうだろう。


 国内では女性を目にすることがなくなったの上流階層の男達は、

地位や領地や財産を、誰に託せばいいのか懊悩したという。

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