第三話 流行り病


 だが、サリオンの母国のクルムでは、アルファとベータとオメガに外見上に特定的な違いはない。

 クルムはテオクウィントス帝国の北に位置する小国だったが、ローマ帝国に匹敵する国力を誇るテオクウィントス帝国に侵略され、属国化されて、滅亡した。


 そのクルム国でサリオンも、多くのクルム国民とともに捕虜にされ、テオクウィントス帝国のアルファ階級やベータの富裕層に、奴隷として売られにきた他民族だ。


 半袖膝丈の貫頭衣かんとういからすらりと伸びた長い手足は、絹のように艶めく白い肌だと称えられ、さほど長身でもない体型は、この国の典型的なΩ男性の特徴だ。

 けれども髪はゆるい巻き毛の金髪で、瞳の色も薄碧。


 この国なら自分はベータだと言い張れば、それで通ってしまうだろう。


 ベータの男は、ベータの男とは性交しない。

 オメガの十代から三十代前半までの男性が三週間に一度、七日間ほど発情し、

交尾相手を求めるフェロモンを発する間のみ、オメガのフェロモンに触発され、繁殖行為に至ることもあるだけだ。

 ベータの男は、フェロモンを発していないオメガの男には、欲情しない。


 ベータの男はベータの女性と性交し、ベータ性の子供をもうける性であり、階級だ。

 

 サリオンはオメガ性だが、アルファやベータを性的に興奮させたりしないよう、

現在そのフェロモンの経口抑制剤を飲んでいる。 

だから、こうして貧民窟で酒の席をともにするベータの男を、欲情させる恐れはない。


 それはわかっているのだが、何しろ自分の見た目や若さが男の劣情をそそるに充分な条件を、満たしているのは自分がいちばんわかっている。


 男女の見境なくサカる男に目をつけられたら、フェロモンを発していてもいなくても、襲われないとは限らない。

 自分より確実に弱い相手、階層が低い相手を痛めつける行為そのもので、性的に興奮し、快感を得るたちの悪い輩もいる。


 フェロモンの抑制剤を飲んでいても、安心だとは言い切れない。

 

 だからオメガではなくベータだと、強引にでも通しておいていた 方が、強姦される恐れは多少なりとも忌避できる。

 そのため、サリオンは自分はオメガだとも言ってはいないが、ベータだとも言ってはいない。

 本当のことさえ言わなければ、身分を偽ったとして刑罰に処せられることもないからだ。


「さぁね。オメガの若い男が全員アルファ階級になりたくて、目の色変えるかどうかだなんてわかんねぇな」

 

 サリオンは多少の皮肉を込めて言う。

 自分がそうではないからだ。



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