第一章 【死神少女】:第6話
◇◇◇
「……」
「……」
実家からの帰り道。
死神も俺も互いに言葉は発しない。
聞こえるのは俺の足音と、死神の翼の音だけだ。
数時間前まで頭上にあった太陽は、今まさに地平線に沈もうとしていて、最後にこの世界を真っ赤に染めていく。
「おい、死神」
俺は立ち止まる。
「……はい」
死神が、小さく返事をした。
「取引だ」
「……」
――こいつの力なんて、頼りたくないと思っていた。
でも、こいつの力じゃないと、叶えられない願いがある。
「親父とキャッチボールをさせてくれ。最後に、1回」
大人になってから。
一度もしたことがなかった、キャッチボール。
このまま死にゆくのをベッドの上でただ待つだけとなってしまった親父の、最後の願い。
「……どんな医療でも今のお父さんの身体を元気にすることはできません。ましてやキャッチボールなんて」
夕焼けが死神を照らす。
漆黒と真紅が混ざり、彼女の瞳が血の色に燃える。
「引き換えに、寿命40年はかかります」
「いいよ」
迷いはなかった。
どんな年数でも、即答するつもりだった。
だって――
「何年でもいい、くれてやる」
大事なのは時間じゃなくて。
中身、だから。
◇◇◇
――そして翌日。
俺と親父は公園にいた。
「不思議なもんだ。急に身体が動くようになるなんてな」
親父が俺に向かってボールを投げる。
「全くだな」
俺もまた親父に向かってボールを投げる。
「お前、昔に比べて球速くなったなあ。驚いたぜ」
「何年前の話してんだよ、あたりめーだろ」
最後の時間。
親父と言葉とボールのキャッチボールを繰り返す。
……懐かしかった。
まだ小さい頃、親父と二人で暮らしていた頃。
親父の背中に守ってもらっていた、あの頃。
今思えば、幸せだったかもしれない。
何の夢も持たない大人になった今よりも。
あの頃は、夢と希望で、あふれていた。
「なあ、ジュン」
「なんだよ」
「お前は、健康でいろよ」
「……」
「健康で、長生きして、いい奥さんもらって、楽しく生きろ」
「……そうだな」
そのお願いは、聞けそうにねえや。
ごめんな、親父。
◇◇◇
親父との最後のキャッチボールを終えてから。
気づけば、俺の前から死神は姿を消していた。
もう寿命ももらったし、俺は用無しと言う事なんだろう。
そして、それからしばらくして、親父は死んだ。
最後は、安らかに、眠るように、死んでいった。
満足げな表情をして死んでいった親父を見たら、これでよかったんだと思えた。
「……はあ」
ひとりぼっちになった部屋で、ため息。
いや、元々ひとりぼっちか。相手、死神だったし。
……俺も、あと何年で死ぬのかな。
寿命を40年もくれてやったんだ。もう長くないだろう。
下手したら、明日にも死ぬかもしれない。
でも……、いいか。
俺には叶えたい夢も無い。成し遂げたい願いも無い。
だからこれで――
「いや、まだ生きますよジュンさんは」
「うわっ!?」
び、びっくりした!
こいつ、いつの間に俺の隣に!?
「きゅ、急に現れるな!心臓止まるかと思ったじゃねえか!」
「いや止まりませんって。ジュンさんはまだ生きるって言ったじゃないですか」
そういうことを言ってるんじゃねえ。
「というわけで、どうもー。ご無沙汰してます」
「お前……、いなくなったんじゃなかったのか」
「いや、色々ありましてねー」
そう言いながら、彼女はポテチの袋をビッと開けた。
こいつ、久々に会ったけど相変わらずマイペースだな……。
「ていうか、さっきのなんだよ。俺はまだ生きるって」
「ああ、それですけど、私ジュンさんの寿命もらってないんで」
「は?」
……もらってない?
寿命と引き換えに、願いをかなえるんじゃなかったのかお前は。
実際、俺は確かに親父とキャッチボールを――
「別に、引き換えにする寿命さえあればなんでもいいわけですし」
「え?」
「……私の寿命、使っちゃいました。てへ」
「なんで!?」
「な、なんでって言われても、なんか、そういう気分になっちゃったんですから!!仕方ないじゃないですか!!」
「……ちなみにお前、自分の寿命どんだけ使ったんだ」
「死神が人の願いをかなえるなんて、本来ありえないことなんです。だから、その、800年くらい……」
「そ、そんなに使って大丈夫だったのか?」
「大丈夫じゃないですよ!!私もうあと71年しか生きられません!!」
割と生きるじゃねえか。
「そんなわけで、私の寿命回収の旅はまだまだ続くのです」
「……ありがとうな」
「はい!お礼を言われるほどのことです!本当に自分でもなんでこんなことしたのかわかりません!責任とってくださいね!」
責任ってどうとれと。
俺の残りの寿命全部くれてやればええんか。
「とりあえず、行くところもなくて暇なので、もうしばらくここでお世話になります。構いませんよね!」
「い、いいけど……、どのぐらい?」
「うーん、70年くらい?」
「お前、死ぬまで居る気じゃねえか」
「あはは」
「そんなことしてないで、もっと寿命を取引してくれそうなやつのところへ行った方がいいんじゃねえか?」
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