第一章 【死神少女】:第5話

◇◇◇


「……親父さん、長くないですね」


実家からの帰宅途中。

背後を飛ぶ死神が、ポツリとそうこぼした。


「……見えるのか、寿命が」

「ええ。正確な数字は企業秘密なんで教えられないですけど」

「何かしらの死が近いって、こういうことかよ」

「そうみたいですね」


悲しそうでもなく、特段なんてことでもないような死神の口調が腹立たしい。

そりゃそうだろうな。死神なんだから。

お前にとっては、どうでもいいことなんだろうよ。


「ふっふっふ、今こそ取引のお時間じゃないですか?」

「……」

「親父さんの病気を治して寿命を伸ばす。今ならなんとお買い得!40年でどうでしょう!」


……親父は例え健康に生きても、あと40年は生きないだろう。

やっぱり、こいつはとんでもねえ詐欺師だ。まさしく死神だ。

より長く人の命を奪うことしか考えていない。


「いらねえよ」

「いいんですか?大事な親父さんじゃ……」

「大事だよ。でも、その親父が自分より大事に育ててくれたのが俺だ」


……もし仮に俺が親父より先に死ぬなんてことになったら、それこそ本末転倒だ。

俺の寿命を使って親父の寿命を伸ばすということは、そういうリスクがある。


「言ってんだろ。俺の命に代えても叶えたい願いなんて、そうそうねえよ」

「……そうですか」


それ以上、死神は何も言わなかった。


太陽が、落ちていく。


道が夕焼けで、赤く染まっていく。


バサリと、死神が翼を動かす音が一段と大きく聞こえた。


◇◇◇


親父が倒れてから1ヶ月。


俺は仕事が終わればすぐに実家へ戻り、親父の面倒を見る生活を続けた。


親父の身の回りのこと、ご飯の用意や洗濯。身体が動かない親父の身体を拭いてあげたり、ほぼ介護みたいなもんだ。


今まで育ててくれた恩を思えば、このくらいどうってことない。


「……迷惑かけるな」


俺の背中におぶさりながら、親父が言う。


「気にすんなって」

「いい男になりやがって、全く」

「はっ、親父に似たんだよ」


ずっと、おぶってくれてただろ。アンタが。


◇◇◇


「ふぅ……」


玄関で靴を脱いで、一息。


仕事を終え、親父の世話を終え、自宅に帰ってきたのは23時。


「ジュンさん」

「なんだよ」


背後から、死神の声。


「最近……、ほとんど休んでなくないですか?」

「そうだな」

「大丈夫ですか?あの、病気治すとまで行かなくても、少し元気にするくらいなら」

「必要ない」


こいつの力なんか借りなくても、俺が親父を支えてやる。


最後に辛い思いをして、死ぬことが無いように。


「大事なのは時間の長さじゃねえ。過ごした中身だよ」


最期に――、穏やかな時間が過ごせるように。


◇◇◇


更に、1ヶ月が経過した。


『もう長くない』、そう宣言した死神の言葉を裏付けるように、親父の身体は日に日に弱っていく。


死神も、もう何も言わない。


取引をもちかけられることもない。


親父はほとんどベッドから出られなくなり、俺はますます介護の時間を増やした。


「本当に……、ごめんな」


ベッドの上で、うわごとのように親父がつぶやく。


「よせよ」

「最後の最後に、お前に迷惑かけちまって……本当に、すまんなあ」

「よせって……」


親父は少し、目に涙を浮かべていた。


やめろ。

泣くなよ。

笑ってくれよ。

俺、一生懸命やってるだろ。

全部、親父に笑って欲しくてやってんだよ。


もう時間がないんだよ。

一緒にいられる時間、全然ないんだよ。


だから……、頼むよ。


「なぁ、ジュン。覚えてるか、子供の頃」

「なんだ、急に」

「よく、キャッチボールしたよなあ。公園で」

「ああ、そうだったな」

「もう、出来ねえんだろうなあ……。でかくなったお前と、最後に一回くらい、してみたかったよ」

「……」


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