第一章 【死神少女】:第4話

◇◇◇


「今日はどこ行くんですか?」

「お前本当にどこにでもついてくるな」

「まあ、それ以外やることないんで」


俺が家にいれば家にいて。

俺が外に出れば外に出て。


死神は24時間、俺から片時も離れることがない。


最近はそんな生活にも慣れてきて、付き纏う彼女の存在に違和感すら覚えなくなってきた。

案外、『死』というのはそういうものなのかもしれない。


生きている限り、いつ、どこにいても、必ずついて回るものなのに。

生きている限り、いつ、どこにいても、意識することを忘れてしまうもの。


「……実家だよ。俺のアパートから、近いんだ」

「あら、どうしてまた?」

「元々、3ヶ月に1回は顔出してんだ。親父、一人で寂しいだろうからな」


母は、俺が小さい頃に病気で亡くなっている。

それ以来、男手一つでずっと俺を育ててくれたのが親父だ。

そんな親父を家で一人放っておくのはしのびないので、俺は必ず3ヶ月に一回は実家に帰るようにしていた。


「着いた。ここだ」


電車を乗り継ぎ、寂れた住宅街を歩くこと数十分。

見えてきたのは、木造の小さい一軒家。

俺の生まれた場所。


「ただいまー。おーい、親父いるかー?」


扉を開けて、俺はいつものように声を掛ける。

返事はない。


「ただいまー。どなたかいませんかー?死神のしーちゃんが来ましたよー」

「いやお前の声は聞こえねえだろ」


あとただいまって何だ。おまえは初めてだろうが。


「……親父?いないのか?」


……おかしいな。

普段日曜日のこの時間は、必ず家にいるはずなのに――


「――っ」


玄関を抜けて、進んだ廊下の先。

二階へ続く階段の真下。


親父は、そこにいた。


「親父……?」


うつ伏せに、床に倒れた状態で、そこに。


「親父っ!!」


◇◇◇


「……迷惑かけたな、ジュン」


ベッドの上に親父の身体を運び込んでから数分。

意識を取り戻した彼が最初に口にした言葉は、俺への謝罪だった。


弱弱しい声。

いつも力強かった親父からは、想像もできなかった、声。


「……なんで、言ってくれなかったんだよ」


曰く、少し前から身体を壊していたらしい。

身体が思うように動かせず、今日も冷蔵庫に行こうとしただけで倒れてしまったとのこと。


良く見れば、その腕も頬も首元も、随分と細くなってる。

前回会った時から3ヶ月しか経っていないのに。


「……しばらく面倒見にくるよ」

「無理するな。お前も忙しいだろう」

「無理してんのは親父のほうだろ。遠慮すんじゃねえ」


こんな状態になってまで、親父の口から出るのは俺への気遣いの言葉。


ずっとそうだ。


小さい頃から、母のいない俺を気遣い。

自分だって仕事で忙しいのに、満足に家で一緒にいてやれないことを慮り。

大好きだった酒もタバコもやめて、少ない稼ぎでやっと貯めたお金を全て俺のために使ってきて。


それでもまだ、彼は俺に恩返しをさせない気でいる。


「……こんな年寄り1人のためにお前の時間を無駄にさせるわけにはいかねえよ」

「馬鹿なこと言うな。アンタがいなきゃ、俺は今生きてすらねえんだ」


だから、悪いな。諦めてくれ。


俺はどんな魅力的な契約内容よりも。

親父のために寿命を使う方が――、随分と有意義なんだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る