第一章 【死神少女】:第3話

◇◇◇


「え、なに。ついてくるの?」

「はい。もちろん」


夜。

俺が日雇いの仕事に向かおうと外に出ると、彼女はその後ろをピッタリとついてきた。

室内では動かさなかった背中の黒い翼をパタパタはためかせ、俺の肩くらいの高さをのんびりと飛んでいる。


すれ違う人は誰もこちらに目を向けない。

空飛ぶ少女なんて、見えていれば確実に気になって仕方ないはずなのに。誰も。


「……本当に見えてないんだな、お前」

「だから、そう言いましたよー。私が見えるのは、私と契約する資格のある人間だけです」

「つまり」

「『何かしらの死が近くにある人間』です」

「さっき話してわかったろ。俺は取引もしないし、身体も健康。つきまとったところで、お前に得はないぞ」

「みたいですねえ。なんで私ここに現れたんでしょうね」

「知るか」


『巨大な鎌』、『黒い翼』、『誰にも見えない少女』、そして――、『死神』。


普通なら恐怖で卒倒してしまってもおかしくない現象のオンパレードなはずだ。

だけど、彼女のあまりにもマイペースな口ぶりと態度のおかげで、俺はその『現象』と普通に受け答えができてしまっている。


……果たしてそれが良いことなのか、悪いことなのかはわからないけどな。


◇◇◇


「ジュンさーん」

「なんだよ」

「ポテチ無くなりました」

「はいはい……」


――死神が俺に付き纏い始めて1週間。


彼女は時折俺に『なんか契約したいこと見つかりましたー?』と尋ねるぐらいで、他に仕掛けてくる様子もなく。

することと言えば、寝転がってテレビを見たり、ポテチを食べたり、ポテチを食べた手でリモコンを触ろうとするのを俺に叱られたりと、その程度のものだ。

どうやら本当に『取引』以外で、俺に何かしら害を与えるつもりはないらしい。


「ジュンさーん」

「んー?」

「ポテチ無くなりました」

「お前、何袋食うつもりだ」


訂正。もしかしたらあるかもしれない。主に食費の面で。


「全く……。じゃ、俺そろそろ仕事行ってくるから」

「おや?また仕事ですか。少し前に帰ってきたばっかりなのに」


掛け持ちで仕事をしている俺は、昼も夜も大抵働いている。

丸一日休みの日なんてほとんどない。


「ほんと、いつも忙しそうですよねぇ」

「まあな」

「ろくに遊んでもいないじゃないですか」

「まあな」

「……人生、楽しいですか?」

「さあな」


靴に履き替え、外に出る。

背後で、死神がバサリと翼を広げる音がした。


「……やっぱりついてくるのか」

「そりゃもちろん。取引相手のそばにいるのが私の仕事ですから」

「ご苦労なことで」

「こんな日常を続けるより、寿命削って楽しい願い叶えた方が人生充実すると思いますよー?」

「命より大事な願いなんて俺にはねえって」

「ご立派ですねえ……」


ご立派なもんか。

むしろ、真逆だ。

それだけ俺はせっかく与えられたこの命を、有効活用する術を知らない。

ただ息を吸い、飯を食い、生きることに精一杯でいること以外、意義を持たない。

だからせめて、この身体だけは大事にしたい。

親から与えられた、この命だけは。


「そういう死神さんの方こそ、なんか叶えたい夢とかってないのか」

「む。その呼び方やめてください。かわいくない」

「はぁ?じゃあ何て呼べばいいんだよ」

「そうですねえ。しーちゃんとかどうですか?」

「やめとくわ」

「いけず!」

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